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2016/04/08

築地市場♪

★築地市場♪

晴れ♪

朝は普通だったけど、日中は暑かった…。


今日は休み♪
平日に行きたいとこ…。


 



今年11月に豊洲に移転してしまう築地市場。
築地にある内に…。

40年近く前、学生だった僕は築地市場の漬け物屋でアルバイトした。
毎朝、始発で通った。
東横線大倉山の実家からだったので、中目黒駅で地下鉄日比谷線に。
ま、電車1本で行けるという便のよさ…。

社員さんは5時前には出勤して開店した。
そして、学生バイトの僕たちは6時半頃から仕事開始。
注文をいただいた買い主さんの指定場所に商品を届ける。
買い主さんが市場内で懇意にしている仲卸業者の店を指定してくる。

昼前には仕事終了。
速攻で学校へ。
一応、理系だったので、必修科目は欠かさず…。
だから、週に1、2日は早めにあがった。

こんな生活を2年間も…。
10代最後の2年間は、こうして自ら”苦難”の日々…。

ま、好きなことのためなら…。
シベリア鉄道やヨーロッパの電車に乗りまくりたい…。
ただそれだけの目的のために頑張れた。


築地市場。
かなり強烈な体験だった。

消えてしまう前に訪れたいと…。


  



小田急・町田駅。

青いロマンスカーMSE・60000形。

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9時過ぎ。
遅めの通勤客などか、満席…。

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沿線の桜はそろそろ終わり…。

新百合ヶ丘駅手前。  右上に多摩線高架が。

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混雑のため小田急線は”渋滞”…。
新宿駅には5、6分遅れ…。

大江戸線に乗って、築地市場駅下車。
ホントは学生時代のように日比谷線で行きたかったが。




築地市場正門。
昔は建物はなくて、だだっ広い市場が一望できたのだが…。

この建物…、見ての通り駐車場。
それでも、全然足りない…。

太田市場などと比べて、絶対的に狭く、大型トラックをスムーズに
対応できない…。
そのため、夜中に到着したトラックが”仕事”を終えるまで、なんと
4時間ものロスがあるのだとか。

そんなことから、豊洲に移転することとなった…。


この場所から市場を一望できたのだが、今はごちゃごちゃ…。

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僕がここでアルバイトしていた頃、市場の休みは日曜日だけ…。
ま、市場に限らず、企業なども週休1日…。

金融機関も休みは日曜日だけ。
学校だって…。

徐々に隔週週休2日制に移行しつつある時代。
そして、あっと言う間に週休2日制に。

しかし、市場は…。
庶民の台所をあずかる重要な立場。
てことで、土日の休みではなく、日曜、祝日が休み。
そして、原則、水曜日が休み。
といっても、全ての水曜日ではなく、祝日や盆休み、年末年始休み
などが考慮されて決められるので、水曜日の半分強が休み…。

中途半端に昼夜逆転の勤務時間、不規則な休み…。
市場関係者はそんな労働環境で働く。








市場内へ。

懐かしい、つくごん(佃權)。

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つくごん(佃權)の先にはアルバイトしていた十一屋。

いたいた、常務だ…。
駆け寄って、挨拶した…。

…。
そうだった、あの頃から40年近く経っていることに気がついた…。
あまりにそっくり…。
息子さんか…、いや、甥っ子さんだった…。


この一帯は関係者しか通らないとこだったのに、今では築地目当ての
観光客がわんさか…。
恐らく、相当に邪魔でもあるし、店によっては多少売り上げに貢献
してるのかと。



懐かしい…。
当時、好きだった”がり”…。
今日は鉄砲漬けなどを買い求めた。

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十一屋総本店







そして、吉野家。

創業は1899年(明治32年)。
まだ、築地ではなく日本橋に市場があった頃。

創業から117年の老舗♪

関東大震災で日本橋の市場が壊滅したため、今の築地に移転。
吉野家も築地へ。

市場という特性からか、戦後すぐに24時間営業を開始した。



僕が築地に通うようになった40年近く前。
当時、吉野家って、この店しかなかった…。
いや、新橋に直営2号店ができ、1973年(昭和48年)にはフランチャイズ
1号店が小田原にオープン。

ほとんど、無名…。


そして、当時の日本では”牛丼”なんて、滅多に食べない料理。
僕の場合、横浜の馬車道とか横浜駅の地下街にできた本物の牛丼店で
今の牛丼とは似ても似つかないものを食べたことがある。
かなり高価な食べ物で、牛肉は大きくてぶ厚かった。
玉ねぎもぶ厚かったし、煮込んでなかった…。
重い食べ物…。

”肉肉しい”のが苦手だった僕はこちらの吉野家で食べた牛丼の虜(とりこ)
になった。
そして、気がついたら、あちこちに店ができた。

それまで、築地市場関係者の口にしか入らなかった吉野家の牛丼
が瞬く間に全国へ。

と、思ったら、あっという間に破綻…。
その後はご存知の通り。



築地1号店。

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吉野家

吉野家の歴史

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このエリアには昔から定評の寿司屋などがひしめいている。
ただし、信じられないくらいの行列…。
気が短い僕には不向き。

アルバイト時代、どの店も買い出しの業者とか、市場関係者だけ
しか入らなかった店。
”待つ”なんて、言葉はなかった。
そして、昼前頃には仕事を終えた市場関係者がビール飲みながら
食べていた寿司やトンカツなど。

それが、今では部外者というか観光客に翻弄されている…。
いや、観光客用にメニュー開発して高くなっていて…。






魚河岸水神社。
こちらの水神社は築地市場にとってなくてはならない存在。
日本橋時代からあって、築地に。
そして、次は豊洲に市場が移転するに伴い、この神社も移転することに。

移転するには費用がかかる…。
そのため、寄付を募ってる。


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佃島。
佃島一帯は、徳川家康が江戸に入府したのと同時期に摂津国(現在の
大阪府北部から兵庫県にかけて)の佃村、大和田村から移住してきた
漁師たちによって作られた地域。
この水神社も彼らによって建立されたもの。
築地市場にとっては守り神。

もちろん、摂津国佃村の住吉神社(現・ 田蓑神社/大阪府)から分霊され
た、佃島の住吉神社はさらに存在感がある。
江戸に移住してきたのは漁民33人と住吉神社の神職者が1人というから
、住吉神社のウェイトは高かった。

尚、築地という地名も佃島の住人たちによって本願寺を再建するための
土地を埋め立てて作られたことによる。
それが、今の築地本願寺の前身である。

佃島といえば、典型的な江戸っ子が今も健在といわれている。
しかし、そのルーツは関西人だった…。

魚河岸水神社遥拝所/猫のあしあと





中央のビルは国立がんセンター。
その左には朝日新聞本社があるが、この写真では隠れている。

さて、仲卸業者売り場へ。

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ザ・築地市場








昔は一般人が立ち入ると白い眼で見られたが、今ではかなり観光客が
出入りする。
日本人も多いが、外国人、特に欧米系の人が多く見学している。

見学者は9:00から立ち入りが許されている。

ジャスト11:00。
ここでは店の後片付けをする時間帯。

そんな中、一般観光客などが見てまわる。
また、一般向けの売り物を用意している、ちゃっかりした店も…。

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アルバイト時代、店の名前と場所をほとんど暗記していた。


市場内には金融機関の支店もある。
メガバンクでは当然ながらみずほ銀行の支店がある。
そして…。
この市場内の行員はみなさん長靴着用…。


懐かしい店の名前があちこち。

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場外へ。
波除神社。
築地市場といえば、水神社もだが…、ここ波除神社。

さすがに、豊洲にはついていかないだろうが…。
でも、市場と切っても切れない関係。

昔は閑散としていた神社。
今は外国人で賑わってた。

かなり暑い…。
初夏の陽気。


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鳥居をくぐると、左にお歯黒獅子。

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波除神社



すし塚。
左の丸い塚は玉子塚。  
海老塚とか蛤(はまぐり)塚、活魚塚とか、いろんな塚がずらり。

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場外市場へ。
ま、観光客が押し寄せるのは、この場外市場の醍醐味に魅せられて。

しかし、築地市場が豊洲に移転しまうと…。
豊洲には、この場外市場を意識した”フードコート”のような”綺麗”な施設
を予定しているらしい。

でも、それでは、観光客の欲求を満たすことはできないのかも…。

この混沌とした、何でもあり状態の街じゃないと…。
こんな街だからこそ、あらゆる欲求に応えることができるのかも。
まかり間違うと、サイテーの店を掴まされたりするスリルも好奇心
をくすぐるし…。


そんなことを見透かしてるのか。
この場外市場は豊洲に移転しないで、築地に残ると…。

確かに、わざわざ新しいビルが建てられたり…。


某”すしざんまい”も豊洲に新施設を作るという青写真を描いていたが、
ドタキャン…。
やはり、場外市場という存在があってこその誘客…。

しかし、本物の市場あっての場外市場だったはず…。
豊洲と築地に袂(たもと)を別って…。

いずれ、問題が噴出するような気も…。



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築地場外市場

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場外市場は外国人の観光客がとにかく多い。
先日の新宿御苑でも外国人の方が多いかと…。

いつの間にか、そんなことに…。
こんな店(失礼…)の従業員になるのに、英語や中国語を必要とする
とは思ってもなかったのでは…。

よく聞いてると、なかなか気の利いた言葉使いをされてる。
ちゃんと意思疎通。
驚き…。



市場の中も外も乾物屋さんがたくさんある。
こちらは、かつお節屋さん。
いや、どちらかというと、かつお粉のほうが多いかも。

美味しいラーメン屋の魚粉はこれか…。
でも、かつお粉は高価。
混合粉でも安くない…。
何を使ってるんだろ…。

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こちらは、築地のイタリアン…。
すごい行列…。

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築地には多くの寿司屋さんが買い出しにやって来る。
だから、海苔屋さんとか玉子焼き屋さんもたくさんある。
テリー伊藤の実家の玉子焼き屋さんもこのあたり…。

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海鮮だけじゃない、築地市場人気グルメ

築地市場、場内、場外、うまい店






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こちらの玉子焼き屋さん。
1個100円で。
もちろん、行列…。
ほとんど外国人の行列、ウチも並んだ…、美味しかった♪

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場外市場…。
おびただしい数の店…。

売れてる店、売れない店…。
美味しそうな店、ギャンブルかなと思う店…。
いろいろ…。

ランチには寿司…。
みんな、暗黙の…。

で、寿司屋もピンからキリ…。
名の知れた店は拒絶したくなるほどの行列…。

逆に並んでない店には、これまた拒否反応…。
一体どうすれば…。


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場外市場の真ん中。
お寺。
といっても、こちらもビル。

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ウチは。
寿司はココへと。

場外市場から大通り(新大橋通り)挟んで向こう側。
場外市場の喧騒がウソのよう。
とはいえ、ココも場外市場の一角ではある。
昔と違って、ビルだらけになったとはいえ、静かな路地。


昔、市場のバイト時代。
十一屋のお得意様でもあった、こちらの若大将にお世話になった。

そして、一度、営業前の店で寿司をご馳走になった♪
いや、かなり感激した…。
学生の分際で江戸銀の寿司…♪

そんな江戸銀が見えてきた。

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ややっ。
すしざんまい、こんなとこにも。(ま、すしざんまいは築地を本拠地
として、この周辺に5、6店舗を集中出店している。)

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で、ウチは江戸銀へ♪

大正13年創業の老舗の築地・江戸銀。

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江戸銀

江戸銀(築地)/ぐるなび

江戸前ビストロ EDOGIN


あの本田宗一郎なども通ったといわれてる。
そんな影響からか、この店の当時の当主だったか…、オートバイ用
のヘルメットを作るあの昭栄、そ、今はあのSHOEI
あの会社を1959年に創業した。
寿司屋の跡継ぎが”0”からのスタート。
ほどなくして、他人の手に渡ったとのこと。
ヘルメットの経営がうまくいってたら…。
この寿司はどうなっていたのか…。

そんな事を思い出しながら…。


場外市場の喧騒…。
寿司店に大挙して並ぶ大行列…。

そんな場外市場から大通りを挟んで1本向こう側…。
それだけで、この雰囲気に…。

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美味しい♪

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レディース専用のセット。
ふきのとう、筍の天ぷら。

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築地本願寺。


江戸銀本店から徒歩1分。

浄土真宗本願寺派・築地本願寺へ。

バイト時代、毎朝、このお寺を眺めながら通った。

日本では数少ないインド様式の寺院。

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江戸時代のはじまりとともに横山町に創建。
すぐに起きた明暦の大火で焼失。
そして、佃島の門徒たちが今の地を埋め立てて土地を作ったのが「築地」
という地名の由来。

関西から移住してきた佃島の住人たちによって埋め立てられた築地。
実は当時の江戸は川の氾濫、どうにもならない湿地帯。
そこで、家康は川の流れを変えさせ、湿地帯や海を埋め立てて広大な
土地を作りだすことだった。
そんな江戸を象徴するような築地、佃島…。

ところが、300年後の大正時代に関東大震災にて焼失。
昭和9年にインド様式の寺院として再建。


本堂内部。
目を見張る、圧倒されるような雰囲気。

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今日はお釈迦さまの誕生日。
そ、花まつりの日。

お釈迦さまに甘茶を。

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駐車場には黒塗りの…。
レクサス、クラウン、センチュリーがずら~り。

何者…。

この近く銀座の某大企業の物故者の合同法要ということ。

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浄土真宗本願寺派・築地本願寺

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築地本願寺のお隣にも同じく浄土真宗の善林寺。
この石碑がなかったら…、ただのビル。

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晴海通りを勝鬨橋(かちどき橋)へ。

本願寺からかちどき橋まではラーメン街道…。

こちらは横浜家系ラーメン。
六角家ならぬ、壱角家…。

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隣は博多ラーメンの”ふくちゃん”。
そして、築地大勝軒。

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隅田川。

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勝鬨橋。
かちどき橋、勝ちどき橋とも。

向かいのタワーマンションが林立しているエリアは月島。
すっかり、”もんじゃ焼き”の街となった。

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勝鬨橋Wikipedia

勝鬨橋の橋脚内部に入る/デイリーポータル



1940年(昭和15年)完成。
1970年(昭和45年)まで開閉が行われていたが、以降、開かずの橋
となった。




んっ…。
これは…。

歩行者用の信号機かな…。

この先が跳ね上がる…。

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ここが、開閉する先端部分。
クルマが通過するたびにもの凄く揺れて、カタカタと音もして…。
何とも気持ち悪くなる…。

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下を水上バスが。

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またまた、場外市場へ。

波除神社を。
  

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えっ。
グランプリ受賞店…。

3人座ると満席…。

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疲れた…。
お茶~♪

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汗だく…。
冷たいコーヒー♪

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つまみはマグロ。
わ~、贅沢♪

立ち飲み屋さんは欧米系の外人さんばかり…。

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海鮮だけじゃない、築地市場人気グルメ

築地市場、場内、場外、うまい店







ママが行ったことないと…。

浜離宮へ。


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浜離宮恩賜庭園








新宿のデパ地下でも買い物…。


帰りのロマンスカーはLSE・7000形。

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