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2007/12/20

SIGNATURE♪

SIGNATURE

先日、届いていたダイナースクラブカードの機関誌”SIGNATURE”♪
毎月、楽しみにしてはいるけど、手が届かないものが多くて…。

今月の特集は、”ビートルズの足跡をたどって”♪
写真は、感動ものばかり♪
ペニー・レインの街角とか、リバプールのウォーターフロントや、ザ・キャヴァーン
クラブとか…あの、アビー・ロードとか♪
イギリスという国は、何年、何十年経っても、変わらない頑固さが好き♪

 

Scan10031

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイナースクラブカードといえば、エリートが持つカードだが、
日本では、それほどでもないけど、
欧米の店で、このカードを出すと、驚いた顔をされる…。
アジア人で、童顔だったからかも…。
ま、僕の場合は、若い頃に銀行関係の取引先から
お付き合いで入会させられて、もう、相当の年会費を
自腹支出している。
アメックスは、富裕層向けのカードとして、一目…。

そして、ダイナースクラブの日本法人であった、
日本ダイナースクラブが、1961年に世界初の
プラスチックカードを発行したことで、有名。

それまでは、紙製のカードで、メモ帳みたいなものであった。
つまり、今のクレジットカードの原形は、なんと、日本発なのだ。
そして、欧米各国のダイナースクラブも、これを受け入れた。
その後、他のカード会社も、こぞって紙のカードや、クーポンから、プラスチックカード
に変わっていったのだ。

日本ダイナースクラブは、あのJTBと旧・富士銀行(現・みずほC銀行、みずほ銀行)
が共同で設立したのですが、今では、世界のダイナースクラブ全体がアメリカの
シティグループの傘下に入りました。
米ダイナースクラブは、世界初のクレジットカード発行を行った老舗なんですが、
時代の流れなんでしょうか。

日本で始めてクレジットカードを発行したのは、1960年に丸井が最初。(紙)

日本のクレジットのルーツは、江戸時代の瀬戸内海の”お椀舟”とか、越中富山の
置き薬と言われている。
”お椀舟”とは、高価な漆器とか、陶器を瀬戸内海の島々に収穫期払いで、行商
した小舟のことで、越中富山の置き薬とは、薬を先に届けて、年に1、2回、
使用した分を精算してゆく仕組み。

越中富山の置き薬は現在も健在…。
あのマツキヨでさえ、置き薬&後払いの子会社をもってる。

お椀舟は、おらがふる里、四国・愛媛県の今治市辺りがルーツであって、
江戸時代にここは、幕府直轄の天領だったことを背景に、商人たちが、自由に
瀬戸内海で商売できたことが大きい。
そして、明治時代になり、この愛媛の商人・田坂善四郎が福岡で興した「丸善」と
いう呉服店が現在のクレジットに通じる月賦販売を始めた。
そうすると、彼の故郷の商人たちが、田坂一門となり、その後、暖簾分けの形で
各地に月賦販売を広めた。

そのひとつが、暖簾分けを重ねて誕生した”丸井”(青井忠治・富山県出身)と、
”丸興”(朝日クレジットを経て現・オーエムシーカード)である。
同じく愛媛県出身の岡本虎二郎の興した”緑屋”(西武クレジットの傘下に入り、
現・クレディセゾン)が、三大月賦百貨店と呼ばれた。
当時、それぞれの地名を指して、中野の丸井、渋谷の緑屋、亀戸の丸興と言わ
れた。
今風に言うと、マルイ、セゾン、OMC…。
小売りから金融にウエイトが移ってきた。
その後、各銀行とかが、こぞってカードに参入し、現在に至っている。

特に、旧・三和銀行は、日本信販、JCBを傘下に置き、日本のクレジットの
大きなウエイトを占めていたが、UFJを経て、最終的に三菱に飲み込まれた。
JCBは、三和銀行と日本信販が設立したカード会社であるが、両社は骨肉の
関係だったかな…。

ということで、日本のクレッジトの原形は愛媛県今治市にありというわけです。
ここには、クレジット発祥の地の碑が建立されているとか。

なぜ、詳しいかというと、小学生の時にブルトレで一緒に四国まで行った友人
が、この月賦百貨店の息子だったから。
子供の頃から、耳にたこが出来るほど聞かされていた…。
大倉山駅のすぐ近く、記念館坂沿いに大きな店舗を構えていたけど、気がついたら
なくなっていた。

中高年の方なら、恐らくご存知だと思うけど、昔、丸井以外にも、丸の付く
月賦百貨店がたくさんあったはず。
例えば、丸十百貨店とか、丸石百貨店、丸共百貨店。
まわりになかったですか?

衰退の一途をたどった、これら月賦百貨店も、昭和の終わり頃には1,000を
切ったそうですが、その頃の統計だと、その内、95%が愛媛県出身者が経営
していたそうです。
これを、伊予商人とも言うそうです。

なんか、全然、違う話になった…。


■■
実は…。

ビジネスつながり…、&、四国つながり…、&、電車つながり…。

井門グループの井門社長。
井門一族も愛媛県から東京に進出してきた月賦百貨店。

先程、三大月賦百貨店と書いたが…。
四大月賦百貨店と言われた時代もあった。

その第4の存在が東の大丸百貨店といわれた井門一族の月販店。
あの有名な大丸百貨店と同じ名称なのだが、全く異なる存在。

但し、大きさでは互角ともいわれた。

関東で多くの店舗を展開し、そして、従業員は四国から大挙して採用した。
彼らを住まわせるための寮も店舗付近にそこかしこに…。

ところが、月販店が不振になりはじめると…。
丸井は月販店&クレジットを推進、縁屋も同じく小売店&クレジット、
丸興はクレジットへ。

井門一族の大丸百貨店は…。
ほぼ撤退…。

その後…。
ラオックスのFC数店舗、ジュエリー、家具と多種に渡る展開…。
保有資産は膨大で、その有効活用とは程遠い細々経営…。
貸しビル業が最も上手くいったのか。

保有資産の物件数があまりに多いのが特徴。
それは、大型店舗とそれを取り巻くように点在する従業員用の寮の跡地
かと…。
寮の数がおびただしい…。

そして、現社長の道楽で始めた鉄道模型…。
モデルス井門…。
モデルスIMON…。

長らく泣かず飛ばず…。
ところが、最近、勢いづいてきてる…。

ま、所詮鉄道模型なのだが…。




鉄道模型といえば…。

ビジネスと趣味でおつきあいいただいている。

ポポンデッタも同じく趣味が高じた商売…。
社長の本業は税理士。

お母さまが商売上手。
そして、番頭が賢い…。

井門よりも商売上手。

目指すところが若干異なるので、それでよしと。


モデルスIMON

ポポンデッタ

 

 

 

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