濃霧…
★濃霧…
昨日からの雨はあがって、今朝は濃い霧…。
ちょっと珍しい…。
八王子駅では霧の中で貨物の入換え作業。
ちょっと暖かかった。
ニュースでは「もや」(靄)ということ…。
確かに、今朝は濃霧のせいで鉄道が遅れたという情報はなかった。
やはり、「もや」(靄)だったのか。
■
一昨日の「平清盛」、いよいよクライマックスというか、平家滅亡へ。
一方、鎌倉をはじめ東国では源頼朝が台頭。
ところが、挙兵した頼朝らは石橋山の合戦で大敗を喫して洞窟に逃げ込む。
そこで、敵である大庭景親、梶原景時らに追い詰められるが、梶原景時は
頼朝らを見逃す。
この洞窟は湯河原町の山中にある鵐窟(しとどのいわや)。
しとどの窟、あるいは、しとどの岩屋とも表記される。
このシーンは前々回あたりでオンエアされた。
この後、真鶴の海に面した鵐窟(しとどのいわや)に逃れ、ここから安房(千葉)
に逃れた。
態勢を整えた頼朝らは鎌倉幕府を開き平家打倒へと突き進む。
この真鶴の「しとどの窟」は後に作られた話のような気がするけど、実際にここ
から安房に向けて出航(?)したのは事実というか史実である。
一昨日の選挙速報番組の直前にオンエアされた「平清盛」では、安房から戻って
鎌倉幕府を開き、今度は頼朝に捕らえられた梶原景時が縄を解かれ、その場で
鎌倉方の御家人として重用された。
あのシーンは何回見ても感動する。
元々、東国の武士は源氏の流れをくむのがほとんどであり、大庭景親、梶原景時らも
源氏の流れをくんでるにもかかわらず平家側に組していたわけである。
景時は幕府の重臣となり、その後、義経追討の張本人とされ、悪評…。
頼朝の死後、一族もろとも滅ぼされる。
◆
石橋山の合戦…、あの伊豆からの帰りに渋滞の先頭になる「石橋」のこと。
見逃してもらった「しとどの窟」は湯河原町の山中。
真鶴の「しとどの窟」は貴船神社近く、漁港の真ん前。
・石橋山合戦/小田原市デジタルアーカイブ
・石橋山古戦場(源頼朝挙兵の地)
・梶原景時Wikipedia
・NHK大河ドラマ「平清盛」
真鶴のしとどの窟。
2010年5月GWに訪れた時の記事から。
漁港の目の前、白い旗がはためいてた。
伊豆に流されていた源頼朝が1180年、石橋山の戦いに敗れ、ここに難を逃れた
場所といわれている鵐窟(しとどのいわや)。
この後、安房(千葉)に逃れ、態勢を立て直した後、志を貫き鎌倉幕府を開いた。
開運再生の地として由緒ある地。
真鶴町の西隣、湯河原駅前ロータリーには地元の土肥実平公と夫人の像。
昔は土肥村であったが、町村合併などによって、現 湯河原町となる。
西伊豆にも土肥という地名があるけど…。
土肥実平は源頼朝に仕えた武将。
石橋の合戦前の戦略会議は土肥実平の館で行われた。
また、敗れて真鶴から安房(千葉)へ逃れる時も土肥実平が手引きしている。
頼朝は伊豆に流されていたことから、地理的にこの辺りに縁のある所が多い。
石橋の合戦で敗退して最初に隠れていた湯河原の山中にある「しとどの窟」、
さらに逃れて、真鶴半島の貴船神社近くの「しとどの窟」。
頼朝はここから房総半島に行きついて、そこで態勢を整えた後、鎌倉入りした。
・相模の武将、土肥実平
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