童謡「鎌倉」…♪
★童謡「鎌倉」…♪
雨…。
夕方、風も吹いてきた…。
朝から中央本線・高尾~大月間や御殿場線・国府津~御殿場間
は運転見合わせ。
中央本線は夜になって運転再開したが、御殿場線は終日。
台風11号は先程、室戸岬沖。
間もなく四国上陸…。
■
2013年7月からJR横須賀線鎌倉駅で使用されていた、フルート演奏
による童謡「鎌倉」の発車メロディーが、6月30日で終了した。
理由についてJR東日本横浜支社は「当初から2年の予定だった」として
いるが、この発車音をめぐってはインターネットを中心に「暗い」といった声
があがっていた。
童謡「鎌倉」は文部省唱歌として知られ、歌詞には七里ガ浜や稲村ガ崎、
由比ガ浜など地名のほか、長谷観音、大仏も登場する。
しかし発車音が流れるようになると、インターネット上で「暗い」「もの悲しい」
といった書き込みが目立つようになった。
メロディーに馴染みがなかったことなどが原因と考えられる。
まっ、そんなことで…。
JR鎌倉駅の駅メロが消えた…。
僕自身も、童謡「鎌倉」が駅メロとして採用された時は驚きとがっくり感…。
鎌倉駅に相応しい曲は明るいイメージをと…。
童謡「鎌倉」。
この曲は明治43年(1910年)に『尋常小学読本唱歌』に登場と。
100年以上も昔…。
歌詞を見ればわかるように、難解過ぎて…。
で、この曲って神奈川県民しか知らないのかな…。
といっても、かなりいい歳…。
横浜市民だった僕は、小学校低学年の頃…。
この「鎌倉」や「横浜市歌」とか、「真白き富士の根」(七里ガ浜の哀歌)など
、とにかく難しい歌を音楽の時間に習った。
子供の柔らかい頭にはすっ~と吸収してしまう。
今でもちゃんと歌える…。
ママは「横浜市歌」は習ったけど、「鎌倉」は習わなかったと…。
だから、この曲は知らないと。
てことは、数年の差で…。
あるいは、学校によってばらつき…。(?)
JR鎌倉駅、駅メロとして…。
どうかな…。
耳で聴いただけでは…。
漢字を追っていくと少し納得…。
読めないでしょ…。
続き…。
歴史は長き 七百年
興亡すべて ゆめに似て
英雄墓は こけ蒸しぬ
建長 円覚 古寺の
山門高き 松風に
昔の音や こもるらん
この歌詞。
歴史は長き 七百年…。
鎌倉幕府の成立、『1192(イイクニ)つくろう鎌倉幕府』から
『1185(イイハコ)つくろう…』とか諸説あるようだが…。
およそ700年後に作られた童謡「鎌倉」。
そして、曲が作られてから100年…。
現在…。
歴史は長き 八百年…。 これが正しい…![]()
昔、昔…。
小学生の頃、近所のアパートに住んでいた横浜国大の学生さん。
近所の数人を引き連れて鎌倉に連れていってもらったことがある。
もちろん、それぞれの親の承諾を得ていた。
そして、あちこちの寺社に。
きちんと説明してくれた。
その時、この「鎌倉」を歌ってくれた。
歌詞の内容をそれぞれ説明してくれた。
僕たちもこの歌を学校で習っていたので唄えた。
当時の大学生って、本当に大人びた”人格者”が多かった。
特に、この学生さんは教職志望と言っていたので、予行演習だったのかも。
そういえば、八幡宮近くの横浜国大附属鎌倉小学校へも立ち寄った。
その日は日曜日だったので学校も休みだったのだが、学校の先生らしき人と
話しをしていた。
もう一人の”大人びた”大学生も尊敬できる人だった。
その人は東大生だったのだが、日本共産党員でもあり、僕らの子供会を
運営していた一員だった。
子供会といっても、学習塾のような存在だった。
算数、数学は水道方式を実践する集団だった。
会の運営はほぼ全員が共産党員だった。
A君のお母さん、B君のお父さん、C幼稚園の園長先生という具合にみんな町内の
顔見知りだった。
いつも勉強のことばかりだったけど、たまに共産主義や中国、ソ連の話もしてくれた。
そして、良いか悪いかは、大人になってから判断しなさいと言っていた。
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