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2015/07/16

童謡「鎌倉」…♪

★童謡「鎌倉」…♪

雨…。

夕方、風も吹いてきた…。


朝から中央本線・高尾~大月間や御殿場線・国府津~御殿場間
は運転見合わせ。
中央本線は夜になって運転再開したが、御殿場線は終日。

台風11号は先程、室戸岬沖。
間もなく四国上陸…。




2013年7月からJR横須賀線鎌倉駅で使用されていた、フルート演奏
による童謡「鎌倉」の発車メロディーが、6月30日で終了した。

理由についてJR東日本横浜支社は「当初から2年の予定だった」として
いるが、この発車音をめぐってはインターネットを中心に「暗い」といった声
があがっていた。


童謡「鎌倉」は文部省唱歌として知られ、歌詞には七里ガ浜や稲村ガ崎、
由比ガ浜など地名のほか、長谷観音、大仏も登場する。

しかし発車音が流れるようになると、インターネット上で「暗い」「もの悲しい」
といった書き込みが目立つようになった。
メロディーに馴染みがなかったことなどが原因と考えられる。


まっ、そんなことで…。
JR鎌倉駅の駅メロが消えた…。

僕自身も、童謡「鎌倉」が駅メロとして採用された時は驚きとがっくり感…。
鎌倉駅に相応しい曲は明るいイメージをと…。

童謡「鎌倉」。
この曲は明治43年(1910年)に『尋常小学読本唱歌』に登場と。
100年以上も昔…。
歌詞を見ればわかるように、難解過ぎて…。

で、この曲って神奈川県民しか知らないのかな…。
といっても、かなりいい歳…。


横浜市民だった僕は、小学校低学年の頃…。
この「鎌倉」や「横浜市歌」とか、「真白き富士の根」(七里ガ浜の哀歌)など
、とにかく難しい歌を音楽の時間に習った。
子供の柔らかい頭にはすっ~と吸収してしまう。
今でもちゃんと歌える…。

ママは「横浜市歌」は習ったけど、「鎌倉」は習わなかったと…。
だから、この曲は知らないと。
てことは、数年の差で…。
あるいは、学校によってばらつき…。(?)



JR鎌倉駅、駅メロとして…。
どうかな…。







耳で聴いただけでは…。
漢字を追っていくと少し納得…。
  
読めないでしょ…。



0000kamakura_2

  続き…。


   歴史は長き 七百年

       興亡すべて ゆめに似て

   英雄墓は こけ蒸しぬ

   建長 円覚 古寺の

   山門高き 松風に

   昔の音や こもるらん
   
  

   

この歌詞。
歴史は長き 七百年…。

鎌倉幕府の成立、『1192(イイクニ)つくろう鎌倉幕府』から
『1185(イイハコ)つくろう…』とか諸説あるようだが…。

およそ700年後に作られた童謡「鎌倉」。
そして、曲が作られてから100年…。
現在…。
歴史は長き  八百年…。   これが正しい…

 

  
昔、昔…。
小学生の頃、近所のアパートに住んでいた横浜国大の学生さん。
近所の数人を引き連れて鎌倉に連れていってもらったことがある。
もちろん、それぞれの親の承諾を得ていた。

そして、あちこちの寺社に。
きちんと説明してくれた。
その時、この「鎌倉」を歌ってくれた。
歌詞の内容をそれぞれ説明してくれた。
僕たちもこの歌を学校で習っていたので唄えた。

当時の大学生って、本当に大人びた”人格者”が多かった。
特に、この学生さんは教職志望と言っていたので、予行演習だったのかも。
そういえば、八幡宮近くの横浜国大附属鎌倉小学校へも立ち寄った。
その日は日曜日だったので学校も休みだったのだが、学校の先生らしき人と
話しをしていた。

もう一人の”大人びた”大学生も尊敬できる人だった。
その人は東大生だったのだが、日本共産党員でもあり、僕らの子供会を
運営していた一員だった。
会の運営は全員が共産党員だった。
A君のお母さん、B君のお父さん、C幼稚園の園長先生という具合にみんな町内の
顔見知りだった。
いつも勉強のことばかりだったけど、たまに共産主義や中国、ソ連の話もしてくれた。
そして、良いか悪いかは、大人になってから判断しなさいと言っていた。




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