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2020/09/16

急行「銀河」&急行「鷲羽」♪

★急行「銀河」&急行「鷲羽」♪

晴れ♪
時々、どんより…。

快適。




急行「銀河」♪

2008年3月のダイヤ改正で姿を消した急行「銀河」…。
僕にとっては生まれてすぐ昭和30年代初めから社会人なりたての頃までお世話になった「銀河」。

そんな「銀河」。
JR西日本の夜行特急「WEST EXPRESS(ウエストエクスプレス)銀河」が9月11日、
営業運転を開始した。
始発の京都駅では出発式が開催された。

下りは京都~出雲市駅間、上りは出雲市~大阪駅間を走る。
運転開始は当初5月8日の予定であったが、新型コロナウイルスの影響でおよそ4か月間延期された。
車両は、京阪神エリアで新快速などに使われてきた117系電車6両を改造。
座席や個室、簡易寝台が並ぶ。
きっぷは当面、日本旅行が企画・実施する旅行商品として販売。
12月から来年3月までは山陽本線ルートで大阪~下関駅間の昼行特急列車として
運行予定で約12時間かけてゆったりした旅だとか…。


「銀河」といっても…。
本物の「銀河」とは似ても似つかない存在…。
ま、単なる観光列車の域を出ない列車…。


その点、本物の急行「銀河」は移動手段として、悲喜こもごも多くの人を乗せて東京と
大阪や姫路を結んだ。
我が家のように両親が四国出身だと、急行「鷲羽」にもお世話になった。
山陽新幹線が岡山まで開業するまでの8年間、四国連絡にとって急行「鷲羽」は
不可欠な存在だった。
”新横浜の悲劇”…、「こだま」しか停車しない新横浜駅が長く続いたため、名古屋で
「ひかり」に乗り換えるのが常だった。
そして、新大阪駅では急行「鷲羽」に乗り換える…。
山陽新幹線岡山開業以降は夜行便のみが残されたが、1980年(昭和55年)10月
改正により廃止となった。
急行「銀河」と急行「鷲羽」は忘れることのできない列車♪


1980年(昭和55年)から2008年(平成20年)まで約28年使われたトレインマーク。

Img_5586 Img_5587

 



「WEST EXPRESS 銀河」のヘッドマーク。
いかにもって感じ…。

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2008年3月のダイヤ改正で姿を消した寝台急行”銀河”(JR西日本・東京~大阪)。
当時、かなり過熱していた。
週末は満席、平日でも7割から満席状態。
当然、最終日はあっという間に満席になったらしい。
そして、ホームにはカメラ、カメラ…。

同時に廃止となる、寝台特急”なは”(京都~熊本)、”あかつき”(京都~長崎)も
同じような現象だったとか。

戦後間もない1949年(昭和24年)に生まれた”銀河”、1964年の東海道新幹線開通
後もその合理的なダイヤゆえに、乗客を確保してきたが、昨今、新幹線の高速化、
廉価な夜行バスに押されて低迷…。

東京~大阪間を約60年間にわたり結び、多くの乗客を運び続けた急行”銀河”♪

1950年代終盤から1960年代前半。
夏休み、母に連れられて四国に行く時は急行「銀河」だった…。
四国のおじいちゃん、おばあちゃんが大好きだった僕はご機嫌だった。
乗り継いで乗り継いで、ほとんど丸一日がかりで四国に行っていた。
1959年(昭和34年)3月、少年サンデー、少年マガジンが同時に創刊。
これを買ってもらって、さらに上機嫌だったことを覚えている。
確か1冊30円と40円だったような記憶。
1日5円の小遣いだった僕にとっては1週間分の小遣いをはたくことになるので、
親に買ってもらうしかなかった。

当時、横浜の自宅では近所のガキと一緒に”電車ごっこ”をした。
僕は覚えたての「妹尾(せのお)」とか「茶屋町」、四国の「観音寺」などの駅名を
連呼するので、近所のガキからクレームされたことがしょっちゅう…。
知らない駅名はやめて、菊名とか綱島、渋谷などにしてくれと…。


1960年代後半~。
中学生の頃から学生時代、社会人なりたての頃、新幹線は敬遠して急行”銀河”や、
夜行の大垣行きのお世話になったものだ。
銀河は当時も寝台車があったような記憶…。
だけど、僕は普通の座席で…。

1970年代前半。
母方の祖父が危篤との連絡を受けたのは夕刻…。
四国愛媛県西条市まで東海道新幹線を使うにしても、当時の新横浜駅は「こだま」しか停車しない時代
名古屋駅で「ひかり」に乗り換えるのが常だった…。
新大阪駅からは急行「鷲羽」で宇野まで行き、宇高連絡船で四国に渡った。
山陽新幹線が岡山まで開業したのはこの頃。
どちらにしても、夜出発で新幹線利用は難しい時間帯だった。
結局、母は横浜駅で叔母と合流して急行「銀河」で向かうことになった。

関西に親戚が多いことと、社会人になったらまわりに関西人がやたら多かった…。
そんなこともあって、プライベートで関西に行く時は「銀河」が重宝した。
夜の時間を合理的に使えるし、何より旅費が安くすんだ。
しかし、深夜バスの利用も徐々に増えてきたかも…。


東海道新幹線が開通した1964年から山陽新幹線が岡山まで開業した1972年まで
我が家は急行「鷲羽」にお世話になった。
乗った回数でいえば、「銀河」の何倍も多く「鷲羽」に乗ったことだろう…。
なんといっても「鷲羽」は宇野駅までむすんでくれるありがたい四国連絡の列車。

急行「銀河」…。
すっかり忘れた存在だったが、いざなくなるとなると、やはり寂しかった…。


寝台急行”銀河”♪ 2008.03.10

銀河ラストラン♪ 2008.04.08

ブルートレイン・夜行列車一覧♪

銀河 wikipedia

 



アルバムを探していたら、高校の夏休みに関西に旅行した時の銀河の写真が
出てきた。
確かEXPO’70を見にいった時のこと。

米原あたりで朝を迎えて、涼しい風に吹かれるため、デッキにたたずむカット。
もちろん、ドアは開け放して。 
 
今じゃあり得ないけど、昔はこんなもんだった。

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