シモキタへ♪
★シモキタへ♪
晴れ♪
寒かったけど…。
久々に小田急線でお出かけ。
相模大野では白いロマンスカーVSE・50000形がフル編成でいた。
2年ぶりに見る雄姿に、やはりVSEはいいな♪
大野総合車両所で開催されるイベントに合わせて深夜に喜多見から回送されたようだ。
昨夜の深夜に「大野総合車両所 VSE50001編成 深夜の撮影会ツアー」を、
12月6日・7日は「さよなら『VSE50001編成』お別れ見学会」を実施する。
相模大野駅寄りの場所にあった検修庫は夏頃から解体されていたが。
すっかりなくなってしまい、寂しい限り…。
小田急線の車内からもよく見渡すことができて親しんできた検修庫…。
ミュージアムに展示される前の歴代ロマンスカーが留置されていたのも遠い昔…。
ま、いずれ伊勢原に移転してしまうのか…。
相模大野の景色はどう変わってしまうのか…。
下北沢の「珉亭」でラーメンとチャーハンを食べたい。
ロマンスカーに乗って出かけたいのだが、下北沢は急行や各停で…。
町田駅で特急ロマンスカーに先を譲る。
赤いロマンスカーGSE・70000形をパチリ。
懐かしい世田谷代田駅で下車。
現役サラリーマン時代、毎週のように訪問する取引先があった世田谷代田駅。
いつだったか、「ブラタモリ」でキャンディーズのミキがこの辺りに住んでいたとの情報。
ミキ推しだった僕としては嬉しい情報だった…。
取引先への途中、このデイリーヤマザキに立ち寄り、夏はペットボトルの飲料やアイスを冬は熱々の肉まんを。
なぜか、暑い夏の日のことばかり思い出す…。
そんな何でもないことが懐かしい…。
線路跡には「由縁別邸 代田」。
箱根芦ノ湖温泉の源泉を運んでくる温泉旅館。
ウチが横浜から小田急線エリアに「移住」したのは昭和59年(1984年)。
都落ちして海老名に新居を。
東横線や横須賀線での通勤もハードだったが、小田急線はさらにきつかった。
そう、東横線や横須賀線はせいぜい30分の乗車。
ところが、小田急線は1時間も乗って新宿着…。
そんな過酷な通勤は昭和59年(1984年)から始まり、60歳定年となる、
28年間つづいた。
定年後の再雇用は憧れだったハマ線沿線の事業所にしてもらった…。
ウチが小田急線エリアに移住した頃、小田急線和泉多摩川駅から世田谷代田駅間で
は高架や複々線化のための用地買収が始まった頃。
つまり、小田急線は普通に地上を走る路線で単なる複線だった。
踏切の多い路線でもあったので、踏切渋滞も見つめていた。
毎朝、毎朝、その進捗を見つめながら通勤した。
反対運動のノボリも増えてきたし、用地買収の成果も見えてきた。
僕が定年間近になる頃には今の高架&複々線になってきて、最後まで反対していた
住宅やアパートも撤去された。
最後に残されたのは世田谷代田駅から下北沢駅、東北沢駅の地下化だった。
そんな地下に潜った小田急線1.7kmの跡地利用は興味深かったが、コロナ禍で混沌
としてしまった、その後息を吹き返したかのように。
悲願の代々木上原駅~登戸駅間の連続立体交差事業、複々線化が完成。
そろそろ最終章に…。
下北沢3号踏切だったところ。
3号踏切から下北沢駅方面を。
小田急線が地上を走っていた頃、毎朝超混んでいた。
特に、成城学園前駅~下北沢駅間が最も混雑していた。
そして、下北沢駅手前は前の各停などが詰まっていて、この辺りは超ノロノロ…。
つり革につかまって必死の形相で耐えていたのがこの3号踏切と2号踏切だった。
・下北線路街/小田急
シモキタの街を歩き英気を養う。
お目当ての店が見えてきた。
50年前、昭和52年、社会人1年の頃、地方から上京してきた同期たちが好んで住んだシモキタ。
特に仲良しだったG君のアパートはこの近くだった。
週末になると妙蓮寺のアパートからクルマを飛ばしてきた。
「珉亭」は普通の街中華というかラーメン屋だった。
「珉亭」のウェイティングリストには先客7組…。
ま、そんなもんだろう…。
でも10分しないうちに店内に。
「散歩の達人」2025年1月号。
表紙には松重豊と甲本ヒロトが。
なんと、彼らの若かりし頃、40年前に「珉亭」でアルバイトしていたのだ。
この表紙はインパクトがあった。
10分しないうちに店内に。
子連れの人たちは2Fの座敷を希望するが。
僕らは右の小さなテーブルへ。
まず辣白菜(ラッパーサイ)と餃子。
自家製キムチともいわれる辣白菜、癖になるかも。
「ラーチャン」(半ラーメン、半チャーハン)を。
半チャーハンはとても半じゃないボリューム。
どれも美味しかった♪
・珉亭(下北沢)/食べログ
シモキタを歩くと。
なぜか、「レコード型のチョコ菓子」と書かれたCRISP CHOCOが入った袋を持った人が多い。
恐らく駅前のイベントスペースで配っているのではと。
行ってみたら、当たり~♪
LPレコードを売ってるテントがたくさんあった。
で、LPレコードを物色。
いや、ウチのLPレコードもそろそろ処分しろと言われているし…。
これが、「レコードの日 お試しサンプル」、「レコード型のチョコ菓子」。
日清シスコのクリスプチョコが各2枚、大量に用意され配っていた。
受け取ってくださいと大声をあげていた。
得した気分。
本多劇場を。
最近、気がついたのだが。
このシモキタには新品の服を売ってる店が見当たらない。
いや、あるのだろうが極めて少ないのかも。
どれもこれも古着屋さん。
シモキタといえば。
カレーも。
ちょっと気になるカレー屋さんをチェック。
「カレーの店 八月」は6、7人がリアルに行列していた。
旧ヤム邸 シモキタ荘。
こちらは20組26人待ちだった…。
下北沢といえば、この光景。
庚申堂。
堂内に北澤八幡神社のお札があった。
シモキタは昔から外人さんを見かける街だったが、最近はインバウンドが目立つ。
欧米系が多い印象。
北沢堂も珍百景。
下北沢駅を出た京王井の頭線の電車。
京王井の頭線下北沢駅高架下にある商業施設「ミカン下北」内の東洋百貨店弐号店。
老舗のせんべい屋さん。
大正2年(1913年)に墨田区本所で開業、昭和27年(1952年)に下北沢に移転
してきた「玉井屋」。
煎餅をあれこれ。
東北沢4号踏切だったところで道路を渡った。
「下北線路街」の東北沢駅寄りの施設「reload」ができていた。
「reload」の東北沢駅寄りにはホテルができていた。
そんなホテルのロビー、フロントにコーヒー&ベーグルの店が。
こちらでお茶した。
2年前に入った「中華そば 一龍」などが入ったビルは老朽化のため取り壊しに。
「一龍」は40年以上ここで営業してきたとか。
行列のできる「中華そば一龍」、「キッチンウエスト」、長い長い行列の「NAN STATION」
などは別の場所に移転しているようで、移転先が書かれた紙が貼ってあった。
小田急下北沢駅前は未だに混沌としていて、今日はレコード市をやっていた。
そんなカオスな状態も捨てたもんじゃないかもと…。
いつ整備されるんだろうと思いつつ5、6年以上経ち、ようやく整備に着手した様子。
そんな整備されたシモキタの光景も見てみたい。
小田急下北沢駅構内の陶板レリーフ「出会いそして旅立ち」(2019年、宮永岳彦作)。
地下2Fのホームへ直行する長いエスカレーターで降りて快速急行に乗った。
帰路。
帰りも相模大野でロマンスカーVSE・50000形を見られた。
フル編成で見るのはこれが最後かと…。
次はロマンスカーミュージアムで先頭車と会うことになるのかな…。
いや、もう1編成あるが、会える機会はあるのだろうか…。
相模大野駅から乗ってきた二人連れの男性は大野の「お別れ見学会」に参加した帰りだった様子で興奮気味におしゃべりしていた。
■
関連記事
・シモキタ♪ 2023.02.04
・下北沢♪ 2020.01.12
| 固定リンク












































コメント