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2026/08/14

ガラスのうさぎ…

★ガラスのうさぎ…

くもり…。
予報は傘マークが並ぶ…。

蒸し暑い…。

台風15号が日本海に抜けて熱帯低気圧になっても、関東の雨が続く…。
昨夜は千葉県に爪痕を残していった。



児童文学者 高木敏子さんが亡くなった。
享年94歳、老衰による死去。
自身の戦争体験を書いた児童文学者として知られる。
神奈川県二宮町で起こったことから、県民には知られていた。
といっても、僕たちのような「お年頃」の県民にかもしれないが…。
その後、二宮駅前に「ガラスのうさぎ」像が建てられたことにより関心を集めた。

ガラスのうさぎ像。
児童文学作家、高木敏子さんの実体験を基に執筆された「ガラスのうさぎ」。
東京市本所区(現:東京都墨田区)に生まれ、戦前は家族でガラス工芸品の工場を
経営しており、これが「ガラスのうさぎ」のタイトルの由来になっている。
主人公である敏子の母と妹二人を奪った空襲の焼跡には、ガラス工場を営んでいた
敏子の父が作ってくれたガラス細工のウサギが歪んだ形でありながら残っていた。
そして、その父も疎開中の神奈川県二宮町でアメリカ軍のP-51マスタングの機銃掃射
に遭い、敏子の目の前で命を落としてしまった。
終戦10日前のことであった。

1977年(昭和52年)、敏子の両親と妹たちの33回忌に寄せて自費出版した
「私の戦争体験」が編集者の目にとまり、子供向けに加筆して『ガラスのうさぎ』の
タイトルで金の星社から出版された。


太平洋戦争終結直前の昭和20年8月5日、ここ国鉄二宮駅周辺に艦載機P-51の
機銃掃射を受け、幾人かの尊い生命がその犠牲となりました。
この時、目の前で父を失った12歳の少女がその悲しみを乗り越え、けなげに生き抜く
姿を描いた戦争体験記「ガラスのうさぎ」は国民の心に深い感動を呼び起こし、戦争の
悲惨さを強く印象づけました。
この像は私たち二宮町民が平和の尊さを幾世に伝えるために、また少女を優しく励まし
た人たちの友情をたたえるために、多くの方々のご協力をいただき建てたものです。
少女が胸に抱えているのは父の形見となったガラスのうさぎです。
ここに平和と友情よ永遠に
昭和56年8月5日
「ガラスのうさぎ」像を二宮駅前に建てる会

「ガラスのうさぎ」像
二宮駅南口にて                             2022年7月

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・ガラスのうさぎ wikipedia

・高木敏子 wikipedia

・「ガラスのうさぎ」 物言わぬ人々の思い伝える



・二宮おかず食堂へ♪ 2022.07.09 



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