2023/05/04

道志みち…♪

★道志みち…♪

晴れ♪

暑かった。



鎌倉、江の島、箱根とどこもGWの混雑で最悪…。
GWの救世主、道志へ。
うまくいけば、河口湖へでもと。

厚木PAスマートICから圏央道へ。
圏央道外回りはやけにクルマが多くて、相模原IC手前から大渋滞…。
相模原ICで降りた。
下道もすぐに渋滞…、東金原交差点付近から先はぎっしり…。
さすがにGW…、長竹三差路交差点まで続いた渋滞にうんざり…。
国道412号もノロノロ。

クルマも多いが、自転車も驚くほど多い。
関交差点では鳥屋方面にいく自転車が目立つ。

青山交差点で左折して、国道413号へ。
対向車線のクルマが驚くほど多い。
これでは、青山交差点の信号待ちは半端ないはず…。
帰路の心配をしてしまった…。

昨年10月に富士山五合目にいった帰路は「道志みち」にしたら、青根交差点、
梶野交差点の信号渋滞に驚愕した。
極めつけは青山交差点の信号渋滞で2kmを超えていて、想像を絶するものだった…。


行けども行けども、対向車線のクルマは途切れることなく続く。
こちらは順調に。

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神奈川県側の国道413号「道志みち」は道幅が狭く、カーブもきつい…。
それでも、ずいぶん改良されてきたことは、マップを見ると一目瞭然。
元々、神奈川県側は山梨県側よりもアップダウン、カーブとも厳しい地形だった…。
山梨県道志村側の「道志みち」はかなり改良されて走りやすい。
昔は未舗装区間が多く、カーブもきつかったのだが…。

ところで。
「道志みち」の劇的変貌として記憶に残っているのは相模原市緑区青野原の梶野交差
点からセブンの先、青野原西野々交差点までの広めの快適な2kmほどの区間。
昔は集落の軒先をかすめるようにして狭い道路を行き来していた。
土日はそこそこのクルマが我が物顔で走っていた。
県外ナンバーも多かった。
ある日突然、見覚えのない新しい道路を走らされていた。
バイパス的存在なのだろうが、そんな面食らった記憶がある…。
後になって、青野原バイパスということを知った。

10年ほど前、旧道に入り込んだら、諏訪神社や焼山登山口バス停などを見て、
昔の光景がフラッシュバックしてきた。

道志へ♪ 2012.06.17

道志みち…かな…♪ 2011.05.14




道志村役場は1、2年前から建設中なのだが。
まだ何もなかった…。

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都留へ分岐する交差点の手前あたりから渋滞…。
ここは国道413号「道志みち」の道志村区間では2つしかない信号機の1つ。
こんな渋滞は初めて…。
GWだからかもしれないけど…。
がっくり…。

45、6年前…、20代前半の頃、買ったばかりの中古の初代スターレットで道志村を
訪れて、一瞬で魅了された。
あれから45年とか46年か…。
歳をとったわけだ…。
当時、「道志みち」はほとんどが県道であった。
国道413号は昭和57年(1982年)4月に指定され、平成5年(1993年)に現在の
形となった。
ま、「道志みち愛」は半世紀近く経っても健在なのだが、こうも状況が変わるとは…。

当時はほとんどクルマが通らず、独占状態だった…。
未舗装が至る所にありカーブもきつかったが、若気の至りか平均時速は今より速かった気がする。
昭和の終わりころ、山中湖で開催されたマウント・フジ・ジャズ・フェスティバルが
始まり、それらしきクルマやバイクが目立つようになった。
当時、道志村にはオートキャンプ場が次々とオープンしたので、ウチもよく遊びに。
GWや夏休みといっても、このルートは閑散としていたので、GWの救世主と思って
いた。
道志村は昔のままで、ほとんど変化していないのだが…。
状況が変わったのは、1999年4月に「道の駅どうし」ができてから。
すぐ近くの「オートキャンプインむじな」や「花の森オートキャンピア」はよく利用していた
ので、お馴染みのエリアでもあった。

渋滞にはまったが、富士山が癒してくれる♪

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こんな渋滞…、「道志みち」では初体験…。
GWは魔物だ…。
「道志みち」には魔物がいなかったのだが…。
GWだけの現象だと思いたい…。
このまま2km先の「道の駅どうし」の交差点まで渋滞は続いた。

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村の住民たちも怪訝そうに渋滞を見ていた。

道祖神。

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道の駅どうし手前。

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「道の駅どうし」は見るからにぐちゃぐちゃ状態…。
とても、入っていこうという気にはならない…。
バイクは次々と入っていった。
クルマも…。
いつもはクルマの駐車スペースがバイクの駐輪スペースになっていたり…。


道の駅を過ぎてからは快適。
奥道志、山伏峠へむけて。

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山伏トンネル。

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標高1,100mの山伏峠を全長200mほどの山伏トンネルで駆け抜ける。
トンネルの中ほどで道志村から山中湖村に。

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上の写真でも分かるように、自転車とバイクが多い。
東京オリンピックの自転車競技は「道志みち」が脚光を浴びた。

道志みちが湧いた♪ 2021.07.25



ここでも…。
平野交差点まで1kmを超える渋滞…。
交差点で富士山を。

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山中湖北岸のマリモ通りを走る。
湖畔のパーキングが1台空いていたので、すかさず入った。
そして、富士山♪
ちょっと雲が…。

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道祖神。(1761年 - 宝暦11年)
山中湖村の笠付双体道祖神で村の守り神。

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同じ場所にあった、こちらも双体道祖神。

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予期せぬ渋滞でロスタイム1時間ほど…。
だが、どの店も人がぎっしり…。
とても入れる状態ではない…。
河口湖へ行くことも断念…。

山中湖南岸の国道138号(旧鎌倉往還)へ。
こちらは店の数も多いので、目についたとこへ入ろうと。

湖畔の店へ。
山中湖は公共駐車場がかなり整備されていて無料で利用できるのが便利で嬉しい。
スワンの遊覧船。

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富士山♪

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パスタとピザの店。

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カフェレストラン「レイクサイド キャビン」へ。

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日差しがジリジリと暑かった。
GWでこんな暑さとは…。

飲食店共通の悩み…。
人手不足…、出来ないことはしない…、回せる範囲で対応する…。
そんな姿勢が見えた。
ま、至極当然と思う。

ウェイティングリスト3組目だった。
名前を書いて30分ほどで店内へ。

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マルゲリータ。
期待していなかったのだが、これがかなり美味しかった♪
生地の違いかな…。

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キャベツとエビのパスタ。

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別の窓口で販売しているソフトアイスクリーム。
結構、買いにくる人が多い。
美味しそうだった。

Lake Side Cabin(レイクサイドキャビン)

レイクサイドキャビン(山中湖)/食べログ




満腹。
2時間遅れのランチであったが、ま、満足♪

湖畔の国道138号を東に…。
平野交差点の混雑ぶり、道志みちの渋滞が予想される。
それじゃ、東名で帰ろうかと。
旭日丘交差点から国道138号(箱根裏街道)へ。
最近、このルートはほとんど通らなかったので懐かしい。
「道の駅すばしり」に寄りたかったのだが、間違えて出てしまった…。
須走道路(無料区間)、御殿場バイパス(無料区間)と名前を変えていく。
愛知や静岡方面へ行くなら新東名の新御殿場ICにつながる。
残念ながら、神奈川方面へつながるのは延期に次ぐ延期で2027年度からの予定…。

御殿場バイパス(無料区間)を順調に。
水土野(みどの)出口。

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15時頃。
足柄SA~大井松田IC間で事故…、渋滞の情報が出ていた。
大したことないだろうと…、東名へ。
足柄SAで休憩とお土産購入。

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富士山がきれい。

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16時頃。
足柄SAを出ようとして異変に気がついた。
どこもクルマの列…。
微動だにしない…。
駐車スペースから出られない…。
やっと入れてもらった車列、1cmも動かない…。

さきほどの事故渋滞の最後尾がSAに達したらしい…。
SAから出るに出られない状態に…。
なんのアナウンスも表示もなし…。

30分、じっとしていた…。
このまま何時間もじっとしているなんて…。
ここはETC専用出口がある。

とにかくETC出口へ。
SA出口に向かって並んでいる隙をついてなんとか出られた。
対向車線は逆に「地獄」へ向かうクルマが1km以上もの大渋滞…。
この辺りは何回か通っているので、土地勘らしきものはある。



16:50。
御殿場線・足柄駅へ。
足柄山の金太郎と熊がいた。
現代風の端正な顔をしていた。

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以前、この近くには御殿場線を撮りにきている。
その際、こちら足柄駅を2、3回パスしていたので心残りがあった…。
が、2020年7月、隈研吾設計で、小山町役場足柄支所を兼ねた足柄駅交流センター
を併設する新駅舎がデビュー。
当時とは似ても似つかない表情だが…。
急遽、御殿場線撮影会。

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旧駅舎の写真。
そ、この小さな駅舎を横目に通過した…。

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※wikipediaより




島式ホーム1面2線。
左側は下り、こちら側は上り。

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普通 沼津行き、313系が入線。
構内踏切で上りの線路を渡るとホームがある。

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普通 沼津行き、313系。

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後追い。

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無人駅であり、隣の御殿場駅が管理している。
1993年度(平成5年)の1日平均乗車人員は809人だが、2019年度は450人と
年々減少している。
この10数年、地方だけでなく首都圏においてもほぼほぼ減少傾向にあるのだ…。

足柄駅は小田急線小田原駅の隣にも同名の駅がある。
一方、御殿場線の足柄駅は御殿場駅から1駅、静岡県小山町にある。

足柄駅(静岡県) wikipedia




帰路。
17時頃に足柄駅をでた。
ここから駿河小山駅付近へ出て、246を目指すことに。
246への道路はこれまたとんでもない渋滞…。
1km足らずを30分以上もかかって、246生土交差点から入った。
246は死んでいた…。
東名の御殿場から大井松田にかけては今日だけで3件ほど事故ってる。
かなり迷惑…。  恨み節のひとつも言いたくなる…。
東名が死んでいたので、246へ迂回したクルマが多かったのか。
それにしても、東名のこの区間は素人ドライバーによる事故が多発している。

18:30。
東山北駅を通過する頃は日が暮れていた。
246は動かない時間のほうが長い…。
ノロノロなんてものじゃない…。
足柄駅から東山北駅まで1時間半もかかった…、異常…。
いつもなら30分かからないのに…。
松田町に入ったあたりから普通に走り出した。

19時頃。
246菖蒲交差点手前、新秦野インターから新東名に。
数台しか走っていないので快適。
真っ暗闇の山奥なのに頭上にあるはずのポールの照明がなくて、ちょっと不安だった
が、路面に近い低位置照明の視認性が優れていて分かりやすかった。
羽根トンネル(2,921m)、高取山トンネル(3,855m)と長いトンネルが続く。
伊勢原JCTで東名に乗り換えたが、まあまあの混み具合。
厚木インターを過ぎたあたりからお約束の渋滞…。
とはいっても、いい具合に走っている。
海老名SAに入るクルマの行列はかなりのもの…。
ほとんどとまっている…。

綾瀬スマートICから出た。
19:30には自宅に。

今朝10:00頃に自宅を出て、19:30帰着。
9時間30分の内、7時間は運転していたが、不思議と疲れは感じない。
むしろ、心が折れそうになったことが何回も…。

GWの救世主としての「道志みち」はなくなった…。
そう思ったほうが賢明かも…。



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2023/04/22

日本橋と丸の内♪

★日本橋と丸の内♪

どんより…。

昨日の暑さがウソのような肌寒さ…。



TVでは。
広瀬すずは日本橋界隈の「三井でふふふ」の三井不動産、三井のすずちゃん。
歌舞伎役者の松本幸四郎さんは先駆け的存在だった。
一方、高畑充希は東京丸の内「三菱村」、三菱地所のキャラとして頑張っている。
そんな日本橋と丸の内へ。


赤いロマンスカーGSE・70000形に。

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新宿駅到着。
ロマンスカーカフェはなくなっていた…。
小田急の新宿駅自体が工事に突入していて、これから数年間は騒然とするだろう。

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ロマンスカーホームはインバウンドの人たちで溢れかえっていた…。
箱根をめざしているのだろう…。

赤いロマンスカーGSE・70000形は就役5周年。

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久々に丸の内線で大手町に出て、半蔵門線で三越前へ。
三越の中を抜けて、エントランスには神田明神祭禮、室町一丁目町会神輿が。

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日本橋川に架かる日本橋。
大阪の日本橋は「にっぽんばし」だが、東京の日本橋は「にほんばし」。
日本橋の上を首都高があるのが当たり前のように思っていたが、「日本橋再生計画」
と呼ばれる再開発計画がすすめられていて、首都高の地下化などが行われる。

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東京市道路元標。

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日本国道路元標。(複製)

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日本橋。
獅子が東京都のマーク(紋章)を抱えている。

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日本橋川の上には首都高が走る。

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日本橋の四隅には獅子がいる。
橋の中央には翼のある麒麟の像が二体ずつ、計四体いる。

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少し歩くと、日銀が。
日本銀行本店。

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日銀の先には三井本館。
三井住友銀行日本橋支店。

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左側は三井本館、右側は三越。

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三越。
65年ほど前、僕が5、6歳の頃だったか、このライオン像を見た。
鮮明に記憶している。
もうひとつ、天女像も鮮明に覚えているのだが、これは1960年(昭和35年)に
完成したもの。
てことは、同じ日に見たのかもしれない。

同じものを見ることができる幸せを感じた。

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コロナ禍により中止されていたが、5月に4年ぶりに行われる神田祭を祝して。

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コレド室町といっても、いくつものビルがある。
昔、この辺りの大型ビルや日本橋室町ビルとかには取引先が無数にあった。
それらの取引先が入っていた数多くのビルは老朽化によって再開発された。

日本橋は三越前駅を中心に大きなエリアを誇っている。
大小さまざまな企業が集まっている。
そんなエリアなので、サラリーマン時代は足蹴く通ったもの。
日本橋といっても、かなり広範囲で水天宮のある日本橋蛎殻町、人形町、茅場町、
兜町、問屋街の横山町や東京駅八重洲口付近までと、あちらもこちらも日本橋を
名乗っているので、未だによく分からない…。

三越前駅…。
関東大震災から2年後の大正14年(1925年)9月、浅草~上野駅間で
東洋初の地下鉄「銀座線」の工事着工。
昭和2年(1927年)12月、浅草~上野間(2.2km)開業。
その後、新橋駅に向かって少しずつ延伸していく。
昭和7年(1932年)4月、三越前駅開業。
この時、資金難の「東京地下鉄道」に対して、駅の出入口と三越の店内を直結させる
ことを条件に駅の建設資金をほぼ全額負担して開業させた駅といわれている。

三越前駅#駅名と三越 wikipedia




コレド室町を。

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TV-CMでお馴染み。
福徳神社。

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高層ビルの谷間。
芽吹稲荷と。
結構、行列ができていた。

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キツネ。

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コレド室町に挟まれた通路。

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飲食店はどこも行列…。
「八海山 千年こうじや」へ。

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銀鮭の焼き魚を。
美味しかった。

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八海山 千年こうじや(三越前)/食べログ

八海山 千年こうじや




コレド室町は美味しい店、美味しいお土産の宝庫。
「芋けんぴ」の店に長い行列。
よく見たら、土佐日高村の「芋屋金次郎」。
揚げたて芋けんぴ、芋ちっぷ、つぶけんぴなどを。
とにかく、無条件に美味しい♪

芋屋金次郎

芋屋金次郎(三越前)/食べログ




日本橋本町は江戸時代から薬問屋が数多く軒を連ね、現在でも「薬の街」として
武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共などの大手製薬会社の本社及び東京本社
が多数所在する。
そんな土地柄、医薬の神様「薬祖神社」があった。

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この他、龍角散、浅田飴、アステラス製薬などが名を連ねていた。

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コレド室町。

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江戸バス。

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イルキャンテの店がある路地に入った。
路地裏に長い行列…。

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とんかつ屋の行列だった。
何時間かかるのだろうか…。

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あちこちに行列ができていた。
行列してでも食べたい店が多いことに驚いた。

かなり魅力的な路地が縦横にあった。

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日本橋界隈は取引先が多くよく来ていたが、こんな魅力的な路地があることに
気がつかなかった…。
いい感じ。

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老舗の鰹節屋さん。

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日本橋の近くにあった日本橋魚市場発祥の地。
関東大震災で被災したため、築地に移った。
牛丼の吉野家はこちらで明治32年(1899年)に創業したのが始まり。
やはり、築地への移転に伴い築地市場で継続して営業した。

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日本橋高島屋。

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中央通りを少し歩いていくと八重洲を経て京橋に。
えっ、こんなに近かったけ…。

明治屋。
叔父はこちらに勤務していた。

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明治屋からすぐ近く、ママが働いていた明治製菓(現、明治)。

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そういえば。
八重洲ブックセンターが1978年(昭和53年)にオープンした時、日本最大の書店
ということで、よく立ち寄った。
あれから45年…、3月末に閉店し、今月中には解体がはじまる。
数年後には43階建てのビルになるらしい。


鍛冶橋交差点より。

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ご先祖さま、土佐山内家の上屋敷があったところ。
東京都庁を経て東京国際フォーラムに。

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三菱一号館美術館。

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山内家の上屋敷や別邸付近は必ずといってよいほど、岩崎彌太郎の広大な土地が。
ここ丸の内一帯は「三菱村」と言われるほど。
そんな「三菱村」は上質な雰囲気が。

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明治生命。
言わずと知れた三菱ファミリー。

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日比谷通り、馬場先濠を。

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皇居。
二重橋を。

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インバウンドばかり…。
日本人は少数派…。
マスクをしているのは日本人、マスクをしていないのはインバウンド…。
その対比が面白かった。
欧米系が圧倒的に多く、東南アジア系、韓国人が目立つ。
まだ中国語があまり聞こえてこない…。

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巽櫓。(たつみやぐら)

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東京駅。

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丸の内「三菱村」を♪

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右端にちらっと東京ミッドタウン八重洲が見える。
東京駅の向こうにはクレーンが。
数年後には超高層ビルが出現する。

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叔父は京橋の明治屋、その娘である従妹は第一銀行本店、僕の妹は第一勧業銀行
本店、ママは京橋の明治製菓(現、明治)と東京駅周辺に集中していた。
と言っても、時代はずれているが…。
10歳上の従妹は第一銀行勤務とは…、渋沢栄一の世界を、そして時代を感じる…。

ママは入社した当時は横須賀線保土ヶ谷駅からバス利用だったが、半年後に東戸塚
駅が開業したことで徒歩でも通えるようになった。
当時は111系、113系で通勤していたことが夢のようだ。


北ドーム部を。

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南ドーム部の内部を見上げた。

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丸の内駅舎の見どころ/TOKYO STATION CITY




中央線。

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新宿駅。
青いロマンスカーMSE・60000形。

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青いロマンスカーMSE・60000形は就役15周年。

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コロナ禍が終わり、GWは飛行機も新幹線もすごいことになりそう…。
お出かけが楽しくなってきた♪
でも、第9波なんてことも…。





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2023/04/20

よそゆき顔で♪

★よそゆき顔で♪

晴れ♪

暖かいを通り越して、暑い。
東京都心で26℃…。
福島県、長野県、兵庫県などで30℃超えの真夏日…。


我が家ではバラが1輪咲いた♪
蕾(つぼみ)は無数にある。

空にはツバメが飛び交っている♪    



荒井由実、松任谷由実のアルバムはほとんど揃ってる♪
   
デビュー間もない頃からなので、かれこれ50年…。
今更ながらだけど、昭和40年代だったことに、驚き…。
ウチにはLPレコード、CDが入り乱れてる。

昭和48年(1973年)、キャラメル・ママらとレコーディングした1st.アルバム「ひこうき雲」
、深夜放送で聴いて、凄いと思った。
どちらかというと、キャラメル・ママに対しての「凄い」だったかも…。
僕は大学2年だったから、荒井由実も多摩美の2年生だったのだろう…。
僕自身は学校、アルバイト、教習所、旅と多忙な時期だった…。

「ひこうき雲」で気になり…。
翌年の「MISSLIM(ミスリム)」で大ファンに♪

但し、「MISSLIM」については、昭和49年(1974年)はヨーロッパを「放浪」して
いたので、リアルタイムでは出会ってなく、翌昭和50年の春に出会った。
アルバム収録の10曲とか11曲の全てが完璧だったことに驚愕した覚えがある。

歳は…。
最近、気がついたのだが、同じ学年だった…。
  

やはり。
荒井由実の卓越した才能がとんでもないミュージシャンと出会ってしまった。
キャラメル・ママとの出会い、そして、ティン・パン・アレーへと。
そんな細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆、佐藤博との出会いが決定的だった。


で…。
今でもドライブではユーミン、サザン、今井美樹、カーペンターズ、阿川泰子あれこれがながれていると満足…。
ユーミンの曲がいちばん多くかかる。

そして。
最近、好きな曲が分かってきた。
好みが移ろうともいうし…、何百曲もあるから、今さらのように見出した曲もある。
ま、どの曲も大好きなのだが。
ベストにしたい曲だけでも50曲くらいあるので、絞れない…。
その中でも、「よそゆき顔で」、「潮風にちぎれて」、「ルージュの伝言」…♪
これらの曲がいちばん好きかな…。
あっ、「天気雨」も…♪
     
「DESTINY」、「中央フリーウェイ」、「縁の街に舞い降りて」、「HOME TOWNへようこそ」、
Laundry-Gateの想い出」などなど…♪
全部挙げるときりがない…。

「よそゆき顔で」や「潮風にちぎれて」は発売当初は聞き流していたのだが。
20年以上経ったころ、突然いいなと思った…。
2001年に発売された『sweet, bitter sweet〜YUMING BALLAD BEST』に収録されて
いたのを聴いて、いいなと…♪
確か、「夕涼み」も同じようにいいなと思った。
2007年の『SEASONS COLOURS-春夏撰曲集-』でも「潮風にちぎれて」と「夕涼み」
が収録されていて、改めていいなと♪

彼女の曲には固有名詞とかがゴロゴロ…。
「山手のドルフィン」、「ゴッデス」、「相模線」、「観音崎」、「白いセリカ」…。
あげたらきりがない…。

僕的に好きな表現…。
足元フェチ…。
「潮風にちぎれて」では、『あなたの好きな このサンダル なぜはいてきたんだろ』。
「DESTINY」では、『どうしてなの 今日にかぎって 安いサンダルをはいてた』。
「天気雨」では、『きついズックのかかと ふんでわたし前をゆけば』。

サンダル、ズック…、昭和の匂いがぷんぷん…。
ズックなんて言葉、今も通じるのかな…。  





ひこうき雲/荒井由実(1973年)

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MISSLIM/荒井由実(1974年) 

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音楽媒体…♪ 2018.10.09 
    

     

 

  

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2023/04/03

春のかしわ台♪

★春のかしわ台♪

晴れ♪

暖かい♪


坂本龍一さんが亡くなった…。
クルマのFヨコからはYMOの曲がよくかかる…。



かしわ台へ。
クルマで行ったので、目久尻川・産川橋付近の海老名市北部公園の駐車場へ。
以前は無料だったはずだが、有料になっていた。
60分/200円、入庫から60分無料。


見上げると相鉄かしわ台車両センターが。
若草色の相鉄6000系 モハ6001号車と2000系2005号車が見える。

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桜は見頃を過ぎていたが、まだまだきれい。

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相鉄かしわ台駅を過ぎた先にあるカフェや食堂。
かしわ台に移住してきて30数年になるが、入ったことがない…。

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高齢のご夫婦がやっていた。
僕はイカフライ定食を、ママはアジフライ定食を。
見ての通り冷凍ものだと思うが、美味しかった。

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相鉄かしわ台駅。
昭和59年に横浜から移住してきて30数年、いや、間もなく40年になろうかと…。
バブルで横浜では買えないような状況。
この辺りも高かったが、横浜よりはマシ。
但し、年利6%を超える金利、その上、期間は25年間…。
住宅ローンの支払いはきつかった。

横浜につながっていたい、そんな気持ちからか小田急線にせず、相鉄線の1駅目の
かしわ台にした…。
それが、裏目に出た…。
数年後…、仕事は忙しく、毎晩午前様…。
言っておくが、ブラック企業ではない…。
小田急線の最終で帰ってきて、海老名駅で愕然…。
なんと、相鉄線の横浜方面行きがないどころか、改札やホームは真っ暗…。
会社に直訴して、小田急線相武台前の借り上げ社宅を許可された。
そして、その後、小田急線沿いでもう1軒を買った。
低金利を謳歌しているのだが、今後どうなることか…。


当時、この駅前の道路は最悪の状態だった。
未舗装でガタガタ、大きな穴もあちこちあいて、高さ制限のバーがあった。
先に入った方が優先の片側交互通行だったような記憶…、交通量も少なかった。
10年くらいした頃、今のようなちゃんとした道路になり、年々交通量が増えた。

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かしわ台車両センター。
JRの車両もいる…。

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駅前から上今泉5丁目へとむかう道路。
左手には大規模マンションが建設され、右手は戸建てかなと思ったが、ほとんど
手つかず…。
店もいくつかできたが…。
そんな店も次々と閉店。
そば屋さんも数年前に閉店、他にも閉店して介護関連の施設になったり…。
左手の東京餃子軒は元々は美味しい中華の店だった。

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目久尻川沿いの桜。
きれい♪

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海老名市柏ヶ谷117付近、杉本小学校の南側。
子育地蔵の脇に建つ双体道祖神。
文政二卯十二月吉日(1819年)と刻まれていて、江戸時代後期、204年前の
道祖神。
向かって左側の顔は剥がれていたのだが、修復したようだ。
いつの頃からか造花が供えられるようになったが、今日はちゃんとした花と両方が供えられていた。

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子育地蔵の横には道祖神、庚申塔が。
右上に正徳三年(1713年)と刻まれている。
310年前…。

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小屋の中には子育地蔵がいる。

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鯉のぼり♪

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春♪

★春♪

晴れ♪

暖かい。


鎌倉のハイキングコース、祇園山ハイキングコースが4月1日より通行可能となった。
2019年9月より3年半にわたって通行止めが続いていたが、ようやく再開された。
当初は裏大仏ハイキングコースや天園ハイキングコースも通行止めが続いていたが、
順次再開されていた。
同時期には朝夷奈切通しも被害をうけ通行止めとなったが、2年後に通行止めが解除
され再開された。

2019年9月下旬に鎌倉の裏大仏ハイキングコースに行ったら、台風15号による
倒木がひどく、通行止めになっていた…。
まさかの台風被害を目の当たりにして愕然とした…。
千葉県の被害が大きく取り上げられたが、神奈川県でも三浦半島や鎌倉では
大きな被害がでていたのだ。
その2週間後、今度は台風19号によって東日本各地に爪痕を残した…。

後に、台風15号は「令和元年房総半島台風」、台風19号は「令和元年東日本台風」
と命名された。
尚、台風の命名に関しては昭和52年(1977年)の沖永良部台風以来、42年ぶり…。

ハイキングコースの状況/鎌倉観光公式ガイド

鎌倉…♪ 2019.09.28





NHKの朝ドラ「らんまん」が始まった。
土佐の偉人、植物学者、牧野富太郎の物語。

植物学者として有名なのだが、最近はあまり露出がない…。
文久2年(1862年)生まれ、昭和32年(1957年)没。

ウチは両親とも土佐出身なので、我が家では牧野富太郎はよく出てくる名前だった。
吉田茂元首相のことも土佐の偉人扱いだが…、最近知ったことは本人は東京生まれ。
父親は土佐出身で自由民権運動の闘士、板垣退助の腹心であったということ。
昭和22年、新憲法では国会議員であることが首相の要件とされ、また、貴族院が廃止
されたため、高知県全県区から立候補した。

我が家では芸大の〇〇教授という名前もよく出てきた。
父が幼い頃、高知駅前の歩道にチョークで電車の絵を描いていたら、
声をかけてくれて、画用紙やクレヨンを買ってくれ絵を描いたとか。
その絵が東京で出品され、賞をもらった。
昭和の初め頃のこと…。

牧野富太郎といえば。
裕福な造り酒屋の跡取り息子であったが、両親、祖父とも富太郎が幼少の頃に相次い
で亡くなったため、祖母に育てられた。
寺子屋を経て郷校である名教館(めいこうかん)で学び、そのまま学制改革により小学
校となったが、その後、中退して家業に。
が、家業は番頭と祖母にまかせて、本人は植物採集に勤しんでいた。
小学校中退ということが問題となりながらも、理学博士の学位を得ている。

昭和30年代後半。
僕が大綱小学校の3年、4年で担任だった教師は見るからに定年を過ぎたかと
思わせる風貌のK先生だった。
K先生は牧野富太郎博士の弟子だったということを公言していた。
小学生には難しすぎることを教えることもあった。
そのため父兄からは担任を外せといった苦情もあったらしい…。

ま、朝ドラはママしか見ないが…。





坂本龍一さんが亡くなっていた。
享年71歳。

1月に高橋幸宏さんが70歳で亡くなったばかり。

坂本龍一さんといえば。
細野晴臣、高橋幸宏とともにYMOの活動が光る。
矢野顕子との結婚も光った。
1983年「戦場のメリークリスマス」、1987年「ラストエンペラー」。
なんとも、存在感のあるかただった。

YMO高橋幸宏さん逝く… 2023.01.17




「君に、胸キュン。」/YMO





  

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2023/03/19

大磯へ♪

★大磯へ♪

晴れ♪

暖かい♪

昨日の冬の雨から一転、春に戻った♪



今朝は自治会総会ということで…。
ぐだぐだと…。
昼前に自宅を出た。

あまり混むとこは避けて、30分以内で行けるとこ。
てことで、大磯へ♪

大磯町の旧吉田茂邸を再訪。

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4年ぶり…。
なんか、つい最近のことのように思える。

内門(兜門)から振り返った。
別名、講和条約門とも。

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吉田茂。
明治11年(1878年)、大久保利通が暗殺された年に東京で生まれた。
実父は土佐の自由民権運動の闘士で板垣退助の腹心であった。
もちろん、土佐出身。

吉田茂といえば、僕的には高知生まれだとばかり思い込んでいた。
  
僕の両親はどちらも土佐出身…。
母方は土佐山内家の末裔…。  といっても、分家だけど…。
土佐の人達は吉田茂を郷土の偉人として扱うので、僕も信じ込んでいた。

昭和22年、新憲法では国会議員であることが首相の要件とされ、また、貴族院が廃止
されたため、高知県全県区から立候補した。

そして、吉田茂の妻は大久保利通の孫娘である。
長州と土佐がくっついた…。

明治17年に養父・吉田健三が大磯に別邸を建てたのだが、吉田茂は
戦後、昭和20年(1945年)よりこの邸宅を本邸として、晩年をこの地
で過ごした…。
昭和42年(1967年)に亡くなるまでの22年間、この大磯で戦後の激動期
を過ごした。

白洲次郎はこの頃の側近である。
あの麻生太郎元首相は吉田茂の孫にあたる。

吉田茂 wikipedia

 

 

旧吉田茂邸。
平成21年3月、火災により焼失したが、平成29年4月、再建され一般公開された。

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落ち着いた畳の部屋。

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応接間棟2Fの書斎。
ダイヤルのない黒電話は官邸直通だった。
下の袋戸棚の中に置いていたとか。

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部屋から相模湾が輝いて見える。

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庭園に。
桜が咲いていた♪

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吉田茂銅像。
サンフランシスコの方を向いている。

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前回来た時は西湘バイパスは工事中だった…。
今回は工事が終わっていて、スッキリ。
大島がくっきり。

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「愛犬サンチャンの墓」も見つけた。
サンフランシスコ講和条約締結の折り、つがいのテリアを連れ帰ったのだが、
愛犬の名は「サン」と「フラン」。

「愛犬ポチの墓」は2つあったが、そのうちの1つ。
昭和9年と刻まれていた。

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七賢堂。
元は四賢堂として、伊藤博文が明治維新の元勲である岩倉具視、木戸孝允、
大久保利通、三条実美の4人を祀るために建立したもの。
伊藤の自邸である大磯の滄浪閣の一角に建てられた。
伊藤が亡くなった後、伊藤自身も祀られ五賢堂となる。

吉田茂はこれを自邸に移転させ、西園寺公望を加え六賢となったが、語呂が
よくないとの理由で五賢堂と呼んでいた。
吉田茂没後、吉田自身も祀られ七賢堂となった。

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ここの桜も咲き始めていた。

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旧吉田茂邸/大磯城山公園

旧吉田茂邸/大磯町郷土資料館

大磯へ♪ 2019.02.02




食事はまだだった…。
旧吉田茂邸のすぐ近くにプチレストランがあったのだが、14時までだった…。
仕方ないので、ご先祖さまの別邸跡地、大磯町役場の駐車場へ。
いつも書くのだが、こちらは土佐山内家の別邸跡地…。
向かって右側は徳川家の別邸だったところ。

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役場のコブシ。

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クルマを置いて、食事できる店を歩いて探した。
まずは鴫立庵の隣、トンカツのハヤシ亭へ。
店の前でタバコを吸っていたオーナーに声をかけたら、今、終わったとこだとか。
国道沿いの店はどこも閉まっていた。

大磯駅入口交差点付近。
タイ料理の店「マッサマン タイキッチン」。
人気店でいつも行列が絶えないのだが、10分前にLOだったとか。
ガックリ…。

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大磯駅へ。

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僕が生まれた目黒区武蔵小山の産院の息子さんがドクターとなり、ご両親縁(ゆかり)
の大磯でクリニックをやっていたエリア。
数年前に亡くなり、後継者がいたのだが、その後、二宮に移転した。
大磯駅から線路沿いの道を西へ。
懐かしくて、つい足を向けてしまう。

カフェ「パン屋の富田」へ。

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こちらもランチメニューは終わっていた。
ま、15時近くじゃ…。

コーヒー。
吉田茂コーヒーはクセが強そう…。
てことで、藤村コーヒーにした。

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思ったとおり、素直な美味しいコーヒー♪

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近くの寿司屋さんから仕入れているとか。
「助六寿司」で3時間遅れのランチ…。
美味しかった♪

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パン屋の富田

パン屋の富田(大磯)/食べログ





すぐ近くに旧島崎藤村邸がある。
もちろん、無料…。
ふらっと入れるのだが、今日はパスして…。 

藤村邸の目の前にある公園。
桜が咲いていた♪

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お昼からのプチドライブ…。
大磯はそんなロケーション。

ランチは先にすませておくべきだった…。
反省…。

国道1号でのんびりと帰った。





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2023/02/20

松本零士さん逝く…

★松本零士さん逝く…

晴れ♪

昨日ほどではないが、今日も暖かい♪



松本零士さんが亡くなった…。
享年85歳…。

高校時代の1971年(昭和46年)に「男おいどん」の連載スタート。
大山昇太(のぼった)の四畳半の下宿生活…。
無芸大食人畜無害とは、よく言ったものだ…。
サルマタケの生える生活は学生時代の自分と重なる思いで見ていた。

「銀河鉄道999」は社会人になった1977年(昭和52年)に連載スタート。
ほどなくしてTVアニメ化され、虜(とりこ)になった。
やはり、星野鉄郎のキャラが自分に重なった…。
メーテルに恋した男が多かったのでは…。
そして、車掌もいいキャラだった。

「宇宙戦艦ヤマト」は…。
個人的にはあまり傾倒しなかった…。
が、後に大ヒットしたことは誰もが認めるところ。


大山昇太(のぼった)や星野鉄郎らと同世代だった。
彼らに自分を重ねた方々が多かったのでは…。
とにかく、無条件に楽しませてくれた作品が多かった。

ご冥福をお祈りいたします。







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2023/02/18

湘南ゴールドはまだだった…♪

★湘南ゴールドはまだだった…♪

晴れ♪

春のように暖かい♪



湘南ゴールドや麦踏のパンが恋しい…。
昨年は2月5日、一昨年は1月9日に湘南ゴールドをゲットしている。
さすがに、もう湘南ゴールドは出ているだろう…。
そんな淡い期待を。

平塚の高浜台交差点から134へ。
えっ、渋滞…。
超ノロノロ…。
また、高波とかで通行止めかと…。
嫌な予感…。

2、3km先の花水川橋交差点で緊急工事のため、工事車両が車線を塞いでいて、
車線が規制され、2車線が1車線に…。

なんだか、ココは鬼門…。
昨年だったか、花水川橋交差点を何台もの救急車や消防車が塞いでいて、水難救助
でもしている様子だった…。
あの時も134下りは渋滞だった…。


西湘バイパスは順調。
遠くには箱根の山々。
雪が残っているとこがあった。
左から下二子山、上二子山、駒ケ岳、神山、そして、右端に明神ヶ岳が見える。
神山の下のほう、大涌谷の噴煙は落ち着いているよう。

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早川合流は1.5kmの渋滞…。
小田厚から合流してくるのは他府県ナンバーばかり。
品川、練馬、世田谷ナンバーが。
世田谷区は嫌いじゃないのに、世田谷ナンバーはダサく見える…。
葛飾ナンバー、江東ナンバーなど旧足立ナンバー勢が数台見えた。
船橋、市川ナンバーなど見慣れないナンバーも…。

いつものように135号を南下。
海がコバルトブルーに輝いていた。

松本山を駆け登り、石名坂バス停へ。
河津桜が咲いていた。

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青山園へ。

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なんと、湘南ゴールドはまだ…。
3月になるとか…。
昨年は2月5日、一昨年は1月9日に買えた。
それなのに、今年は3月とは…。
そんなに違うものなのか…。
先月と同じく、「はるか」を買い求めた。

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湘南ゴールドと麦踏のパンを♪ 2022.02.05

湘南ゴールド&麦踏のパンを…♪ 2021.01.09




久々の「れんが屋」へ。

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エントランス脇には雛人形が飾ってあった。
三人官女、五人囃子とフルラインナップ。

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ママは「厚切り豚肉のロースト」ランチ。
ライスつきなのに、麦踏のパンもついていた。

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僕は飽きずに「地魚刺身丼」。

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コーヒーカップがいつもと変わったので、パチリ♪

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れんが屋

れんが屋(江之浦・根府川)/食べログ




麦踏へ♪

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エリカフェ。

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先客を待つ。

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麦踏

麦踏(江之浦・根府川)/食べログ

江之浦、麦踏…♪ 2020.05.06




先月も休業していた「元祖からみもち 鈴樹」…。
今日も駐車場にロープがしてあって、「1月10日から休業する…」旨の貼り紙がして
あった。
どうしたのだろう…。


定点観測…。
根府川駅。
小田原ヒルトンのシャトルバスがいた。

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根府川駅♪ 2019.04.30

根府川駅 wikipedia





帰路。
西湘バイパスで国府津インターを降りた。
国道1号・親木橋交差点は相変わらず混雑していた。
県道72号松田国府津線は梅林見物の影響か珍しく渋滞…。

曽我梅林へ。
中河原会場近くの瑞雲寺へ。

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以前は瑞雲寺の境内には”菜の花”などが店を出していて梅まつりを楽しませてくれた
のだが、今回はなにもなかった…。

しだれ梅。

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見頃。

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「曽我の春」という歌の石碑。

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石仏。
瑞雲寺の境内には石仏群が残っており、六地蔵石龕(せきがん)、六観音石龕、
石造阿弥陀如来坐像などが見られる。
こちらは六地蔵石龕か。

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小さな公園の中にあった石仏。
道祖神かな。

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今年の「第53回 小田原 梅まつり」ポスター。

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曽我梅林・中河原会場。
以前はこちらにも売店などがあって賑わっていたが、今回はなにもなかった。
富士山は雲に隠れていて、矢倉岳が見えた。

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本来なら…。
こんなふうに見えるのだが…。                     2017年1月撮影

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曽我梅林・中河原会場の脇を走る御殿場線。
JR東海御殿場線、下曽我~上大井駅間の梅林(うめばやし)踏切。

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梅林踏切にさしかかる、普通 沼津行き、313系。

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後追いで…。

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帰路は県道72号松田国府津線を南下、やはり梅林見物渋滞…。
国府津インターから西湘バイパスへ。
いつもより交通量が多いかな。

この時期になっても湘南ゴールドが出てないなんて、今までなかったこと。
僕の中では1月下旬には食べられると確信していたのだが…。
始まりが遅くなるってことは、終わりも遅くなって、GWに食べることができるといいな。




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2023/02/14

座間皆原地区を歩いた♪

★座間皆原地区を歩いた♪

どんより…。
昨日の冷たい雨は一日中降り続いたが、今日は晴れ間ものぞいた。

相変わらず寒い…。


最近、お気に入りの座間皆原地区を歩いた。
遠くに見える大山、丹沢の山々は真っ白。
座間市入谷東4丁目皆原地区。

小田急線座間3号踏切から南下すると若宮道祖神がある。

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天保2年(1831年)、疫病除けの神として皆原の地に2柱が建立された。
ひとつは近くであったが、もうひとつは昭和9年に桜田入口道路の拡幅により
移転したものを、昭和43年県道407号座間杉久保線の拡幅により再度、この地に
移転してきたもの。

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道路を挟んで東側にはもうひとつ道祖神らしきものがある。

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少し南下すると座間6号踏切のたもとには梅が咲いていた。
尚、座間3号踏切と6号踏切の間には4号も5号も見当たらないし、痕跡すらない…。
座間6号踏切を通過中の各停 新宿行き、1000形。

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坂をのぼると。
住宅と住宅の間に山王山助給院(さんのうさんじょきゅういん)阿弥陀如来堂。

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創建は350年ほど前。
明治時代に廃寺となったが、昭和24年に再建。
さらに平成4年に地域の方々の浄財にて今のお堂が再建された。

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お地蔵さん。

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こちらは宝暦2年(1752年)とある。

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急坂をのぼると、坂にでる。
金毘羅坂とあった。

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石段の先には皆原金毘羅神社が。

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2023/02/04

シモキタ♪

★シモキタ♪

晴れ♪

暖かかった♪



コロナ第8波も収まってきた…。
久々にシモキタに。
下北沢駅といえば、陶板レリーフ「出会いそして旅立ち」(2019年、宮永岳彦作)。

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早速、歩き出す。

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2011年、恵比寿にオープンした頃からのファンでもある。
最近、各地に店を出して元気な猿田彦珈琲
店内もテラス席も満席…。

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いつも通り過ぎていたのだが。
「中華そば 一龍」へ。
11:30、まだ行列ができていない。

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福井県の敦賀気比ラーメンといわれるもの。
中華麺。

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チャーシュー麺。

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この後、1時間後に通りかかったら、すごい行列だった…。

一龍(下北沢)

一龍(下北沢)/食べログ




一龍のまん前。
デトール・ア・ブルーエ。
ウチの近所にもあるのだが、ここはつい立ち寄ってしまう。
品揃えが豊富で面白いのだ…。

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バレンタインデー近し…、チョコレートコーナー。
最近は義理チョコは廃れてきて、なくなりつつあるとか…。
義理チョコが衰退するとは…。
羨ましい現象…。
現役時代は義理チョコのお返しに辟易していたので、なくなればいいと思っていた。

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「スカンジナビアン フォレスト」のこのタイプを探していたので。
つい買ってしまった…。

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店を出たら、一龍の2軒隣のインドカレー「NAN STATION」は長い長い行列。

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「東洋百貨店」。

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駅前エリアへ。
ん、なんだ、あのビル…。
オオゼキのビルがおかしなことに…。

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小田急の駅前…。
不思議なオーラが…。

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なぜか…。
小田急の駅前は混沌とした状態のまま…。
いつまでも手つかずのまま…。
昔はココを通勤電車で通っていたのだが…。

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下北線路街
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下北線路街はどんどん変貌しているのに…。
ここは手つかず…。
ま、シモキタらしくていいけど…。

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なんというデザイン…。
スーパー「オオゼキ」は健在…。

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ま、本多劇場を…。

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ミカン下北。
京王井の頭線高架下に出現した。

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ミカン下北



東洋百貨店も出店していた。

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2Fは高架のすぐ下。

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この居酒屋「下北六角」は雑誌のシモキタ特集で紹介されていた。
美味しそうな店だなと思っていたら、すごい行列ができていた。

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いつもの南口商店街へ。
そこにある鳴門鯛焼きを食べたら、正統派の鯛焼きが美味しかった。

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いいね♪

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最近流行りの「パンの田島」下北沢店は閉店していた。

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ほっとする光景。
庚申堂。

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代沢へ。
行列のできる店がつづく。
この近くの「なすおやじ」はさらに長い行列だった…。

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小田急線下北沢2号踏切だったとこから3号踏切を望む。
線路跡地が公園になっていた。

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下北沢3号踏切だったとこ。

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47年前…。
昭和52、3年ころ、社会人デビュー。
会社の同期が数人、この辺りに住んでいた。
地方出身者はこのエリアや中央線エリアに住みたがった。
土日、僕は東横線妙蓮寺の自宅からクルマを飛ばして同期の友人らの家に遊びに
きていた。
綱島街道や環七が身近な存在だった。
まだ週休二日制ではなく、隔週週休二日制がはじまったころ。
上の写真の3号踏切の左側にKさんの下宿があった。
女性オンリーの下宿で大家さんの了解をもらった男性しか入ることが許されなかった。
結局、Kさんは大家さんが勧める超エリート男性とお見合い結婚した。


3号踏切から2号踏切、下北沢駅方面を。
小田急線が地上を走っていた頃、毎朝超混んでいた。
特に、成城学園前駅~下北沢駅間が最も混雑していた。
そして、下北沢駅到着前に前の各停などが詰まっていて、この辺りはノロノロ…。
つり革につかまるのに必死の形相で耐えていたのがこの3号踏切だった。

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ウチが横浜から小田急線エリアに「移住」したのは昭和59年(1984年)。
東横線や横須賀線での通勤もハードだったが、小田急線はさらにきつかった。
そう、東横線や横須賀線はせいぜい30分の乗車。
ところが、小田急線は1時間も乗って新宿着…。
そんな過酷な通勤は昭和59年(1984年)から始まり、60歳定年となる、
つい最近までの28年間つづいた。
定年後の再雇用は憧れだったハマ線沿線にしてもらった…。

ウチが小田急線エリアに移住した頃、小田急線和泉多摩川駅から世田谷代田駅間で
は高架や複々線化のための用地買収が始まった頃。
つまり、小田急線は普通に地上を走る路線だった。
踏切の多い路線でもあったので、踏切渋滞も見つめていた。
毎朝、毎朝、その進捗を見つめながら通勤した。
反対運動のノボリも増えてきたし、用地買収の成果も見えてきた。
僕が定年間近になる頃には今の高架&複々線になってきて、最後まで反対していた
住宅やアパートも撤去された。

最後に残されたのは世田谷代田駅から下北沢駅、東北沢駅の地下化だった。
そんな地下に潜った小田急線の跡地利用は興味深かったが、コロナ禍で混沌と
してしまった。
でも、そろそろ最終章に…。


朝、電車の進行方向左側に立っていたことが多く、これらの風景を毎朝見ていた。

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下北沢2号踏切方面を。
下北沢2号踏切の近くに個人タクシーをやっているお宅があった。
毎朝、決まった時間にタクシーが戻ってきていた。

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東北沢駅~下北沢駅~世田谷代田駅間の全長1.7kmの線路跡地を開発して
誕生する「下北線路街」。
世田谷代田駅へと線路跡地の街を歩いた。

下北線路街
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蝋梅(ろうばい)。

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ちょっと見たことのある路地…。
線路街から寄り道。

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世田谷代田駅から取引先に向かう途中、デイリーヤマザキがあった。
よく立ち寄った店。

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この先、当時は地上に小田急線が通っていて、駅を跨ぐように跨線橋があったと記憶。
しかし、突き当たりには見慣れない建物が…。

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※追記(2023年4月22日)
NHKブラタモリ、下北沢を見ていたら、タモリさんが30代前半に数年間ここに住んで
いたとのこと。
このエリアにはキャンディーズのミキちゃんも住んでいたと…。
当時のマンションやこのコンビニが出てきた。
このコンビニ、昔はサンカツ酒店という酒屋さんだったとのこと。




ダイニングバー「合心酉庵」。
焼き鳥などのメニューが。

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「由縁別邸 代田」。
箱根芦ノ湖温泉の源泉を運んでくる温泉旅館。

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由縁別邸 代田



ここを電車が通っていたことが信じられない…。

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世田谷代田駅、裏手に東口がある。

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駅前ロータリー。
向こうには地上に出た小田急線が見える。

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環七。

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昔、地下に潜った世田谷代田駅から地上に出たのはこの辺り。
ここから先ほどのデイリーヤマザキ前を通って取引先へ歩いたものだ。

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さて、戻ろう。

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下北沢の踏切地蔵。
下北沢2号踏切の脇に立っていたことから、そう呼ばれていた。

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ここは踏切事故が多かったことからお地蔵さんが建てられた。
お地蔵さんが建てられてから、踏切事故はピタリとなくなったという。

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踏切地蔵(下北沢)




庚申堂のとこへ出た。

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この姿、いつまでも残ってほしい。

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お茶がしたい…。
ここはいつも長い行列ができるパンケーキの店。

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この辺りもコーヒーがのめる店が多い。

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「BAGEL CAFE 88」へ。

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ベーグルとホットコーヒーを。
美味しかった♪

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京王井の頭線、下北沢1号踏切を通過する吉祥寺行き、1000系。

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同じく渋谷行き、1000系。

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下北沢駅に停車中の急行 渋谷行き、1000系。

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京王井の頭線高架下のミカン下北へ。
「下北六角」の行列は解消していた。

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いいね♪

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代沢三叉路交差点に面している「パティスリー KOZU」へ。

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いちごのロールケーキを♪

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小田急線の改札口。
「京王 井の頭線は入場できません」の看板。
きっと間違いが多いのだろう…。

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地下2F、1番線ホームを青いロマンスカー特急御殿場行き「ふじさん5号」が通過。

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久々のシモキタ♪
小田急の駅前はそろそろ整備されるのか…。
楽しみにしたい。

 


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