2024/03/28

雑記…

★雑記…

一昨日は一日中雨…、嫌になるくらい降った。
昨日は久々に晴れ。

今日はくもり…。
明日は午前中が雨の予報…。



この3月…。
例年なら春到来ってことで最高の季節のはずなのに…。
今年は天候不順というか…。
冬に逆戻りとか、南岸低気圧の通過など雨の日も多い…。
桜の開花も遅れている。
東京の開花は明日あたりか…。



花粉症…。
50年前、20歳過ぎの学生だった。
春に訳のわからない鼻炎のような症状。
内科で受診しても風邪だろうと…。
翌年、菊名駅近くの耳鼻科で「花粉症」っていう症状だろうと…。
何、「花粉症」って?
そんな時代だった…。

翌年だったか、どの花粉に反応しているのか検査…。
杉花粉と判明…。
その後、サラリーマンになっても春になるとクリニック通い。
念を押すかのように検査…。
免疫注射だなんだかんだ…。
10年ちかく、そんな行ったり来たり…。
その後は勤務先近くのクリニックで薬を処方されるにまかせる。
定年になっても花粉症はついてくる。
最近は目のかゆみとクシャミ、鼻水…。
ティッシュの消費量の多いこと。
4月中旬まで続く不快な症状…。

ところが、今年はほとんどクシャミ、鼻水がでない…。
目のかゆみもない…。
「花粉情報」では連日”多い”とか”非常に多い”とか…。
まだ、春じゃないので花粉が悪さできないのか…。
もしかして、加齢によるアレルギー減退か…。
それとも、この4、5年、毎日ブルガリアヨーグルトを食べていて体質改善したのかと…。
ついでに、「R-1」も週に1、2本飲んでるし。
とかとか…。
ま、花粉症と決別できれば最高なのだが…。



確定申告…。

今月初旬に確定申告した。
昨年は微々たる還付金だったが、敢えて提出した。
ちゃんと微々たる還付金が振り込まれた。

ところが、今まで国民健康保険の保険料を申告しておらず、その分還付金が少なく計算
されていたことに気がついた。
この数年「国民健康保険 納付済額のお知らせ」を無視した訳で勿体ないことをした。
同じ社会保険料でも「介護保険料」は公的年金等の源泉徴収票に印字されているの
であたり前のように入力している…。
今年はちゃんと申告したところ、それなりの還付金が振り込まれた。

そ、「提出するだけの窓口」はそういう部分のチェックはしてくれないので自己責任…。
今回、大和税務署に書類を提出したのだが、「提出するだけの窓口」で細かい質問を
する人が絶えず、窓口は混乱していた。
こちらでは質問は受けられませんと、担当者の大声が響いた…。
提出するだけなら、数十秒で終わるのに…。
質問とかを受ける窓口はとんでもなく想像を絶する行列だった…。
この時期の税務署の混雑はこれらに殺到してきた人々…。
これを見たら、避けたくなる気持ちは分かるけど。

確定申告… 2022.02.24

確定申告…♪ 2021.03.03

休日…♪ 2018.02.16

新居1周年♪ 2014.07.14

確定申告… 2014.03.06




能登半島地震に伴う、TV番組の中断…。

1月1日16時過ぎ、正月特番を観ていたら、緊急地震速報…。
特番「芸能人格付けチェック」は強制終了して地震の特別番組。
能登半島で震度7…。
ウチでも震度3ということで、ゆらゆらと嫌な揺れが続いた。

正月特番「芸能人格付けチェック」は1月7日に改めて放送された。

 

テレ朝「相棒」も正月特番。
もちろん、「相棒」を存分に楽しんだのだが、23時5分頃、あと数分といったとこで
緊急地震速報。
そのまま、地震情報番組となった。
結局、このときの震度7は「誤報」ということで震度3に訂正された。

そんな「相棒」はほとんど終わっていたのだが、あと数分残っていた…。
スッキリしない状態が3ヶ月…。
待ちに待った「相棒」は昨夜に放送された。
これで、正月特番の変則放送は終わった、

正月二日♪ 2024.01.02




3月29日追記

28日夜10時頃から雨…。
徐々に風が強くなり、寝ることに専念…。

朝、台風なみの大荒れの様相。
大雨、強風で通勤時間のクルマは心なしか多くない…。
バスは5分遅れくらいできっちり来た。

とにかく大雨、強風…。
ミニ台風…。
昼頃まで続いた。

雨が上がったら青空が出てきた。
そして、気温が高くなり20℃を超えた。
湿度も高く初夏の暑さを感じた。

東京でようやく桜の開花♪
明日は晴れの予報♪




| | コメント (0)

2024/01/08

中村メイコさん逝く…

★中村メイコさん逝く…

晴れ♪

ちょっと寒い…。


市役所、ハーモニーホール(文化会館)のまわりは近づかないようアナウンス。
そか、成人式だ。



60数年前…。
昭和30年代半ば。(1960年代)
朝7時すぎ、ラジオから聴こえてくるドラマを寝床で聴いていた。
父は身支度、母は朝食の支度…。
毎朝、ラジオから中村メイコと小沢昭一によるラジオドラマを聴くのが我が家の朝の
ルーティンだった。
テレビはまだなかった…。
中村メイコはサラリーマン家庭の奥さんや子供たちの声を演じていた。
男の子役では「とおちゃん、かあちゃん、とおちゃん、かあちゃん」と連呼するのが
耳に残っている…。
後になってから、ラジオ東京(現、TBSラジオ)の「パパ行ってらっしゃい」だと知った。

中村メイコ、神津善行、神津カンナ、神津はずきなどのファミリーともども活躍中。
最近は「徹子の部屋」もよくみるので、中村メイコが出演する回にも遭遇。
そんな、まだまだお元気そうな中村メイコさんが逝った。
89歳…。
子役からなので、芸歴86年…。

ご冥福をお祈りいたします。




| | コメント (0)

2024/01/02

正月二日♪

★正月二日♪

どんより、時々、雨…。

寒いけど、湿度が高い…。



昨日夕刻、正月特番を観ていたら、緊急地震速報…。
そして、特番は強制終了して地震の特別番組。
能登半島で震度7…。
ウチでも震度3ということで、ゆらゆらと嫌な揺れが続いた。

元旦のTVは特番のオンパレード。
民放各局のアナウンサー、スタッフが徐々に増えていった様子が見え隠れした。
元旦の態勢はどんなだったのか、大変だろうなと…。
また、NHKの女子アナの強い口調での避難の呼びかけが印象深かった。

珠洲、輪島、七尾、穴水、金沢、氷見、富山、入善といった覚えのある地名が次々…。
平成6年に金沢に赴任し、能登半島とかを営業で駆けずり回った。
家族でよくいった輪島の朝市通りは壊滅的な被害。

ママのママ友親友は野々市から津端に転居していたが、LINEの返事がない…。
夜中になってようやく連絡がついたが、家の中はすごいことになったとか。

TVでもそんな情報ばかりで疲労感…。
情報が少ないため、同じ映像の繰り返し。
余計に疲労が…。
そんなとき、テレビ東京は「孤独のグルメ」をやっていた。
そのうち、テレビ東京らしい動かない画面で地震の特別番組。
そして、「出川の充電させてもらえませんか」SPへ。
電動バイクの旅で相模湖から富士吉田、河口湖などを。

テレ朝「相棒」も正月特番。
もちろん、「相棒」を存分に楽しんだのだが、あと数分といったとこで緊急地震速報。
そのまま、地震情報番組と。
結局、このときの震度7は誤報ということで震度3に訂正された。
その後のニュースで「不手際」を責め立てた記者がいたが、ちょっと違うのでは…。
ところで、「相棒」はどうなるのか…。

今朝、「能登半島地震」の被害が次々と明らかに。
被災された方々、寒い折りなのでご苦労が偲ばれる…。



正月2日、3日は箱根駅伝♪

第100回東京箱根間往復大学駅伝競走。
記念すべき箱根駅伝。

1977年(昭和52年)から33年間、箱根駅伝から姿を消していた青学…。
2009年、箱根駅伝に33年ぶりに復活した青学。
その後、かなり順調に連続出場。

青学は体育会系という言葉が最も似合わない大学…。
雰囲気は”ひ弱そう”な現代っ子だが、どっこい、なかなか強力な選手揃い。
2015年に初優勝し、2022年には6回目の優勝を果たした。

今年はどうなるのか…。
駒澤大学との一騎打ちが楽しみ。


権太坂、戸塚中継所、浜須賀~茅ヶ崎、平塚中継所、大磯松並木、二宮、
小田原市内、そして、箱根の山へと。
これを見ないと、正月が来た気がしない。



駒澤大学との一騎打ち。
3区終盤、青山学院大の太田が駒澤大学の佐藤を抜いて首位に。

Img_0520_20240102111801



平塚中継所まで2kmをきった。

Img_0521



青学の太田、3区を59分47秒と1時間をきる快挙。
箱根駅伝は雨の中、4区、5区と快走。
そして、青学は往路優勝。
おめでとう。

明日も頑張れ。


ところで、わが母校…。
なんと、23校中22位…。
おいおい…。



箱根駅伝公式サイト
202401hakone100th

000000000000000000000000000000000_2

  
第100回箱根駅伝/日テレ
000000000000000000hakonentv_2




関連記事

今年も栗原神社に初詣♪ 2022.01.03

正月三日…♪ 2021.01.03

正月二日…♪ 2020.01.02

箱根駅伝&小田急ロマンスカー♪ 2019.01.25

正月二日♪ 2019.01.02

箱根駅伝復路♪ 2009.01.03

やっぱり箱根駅伝♪ 2009.01.02






| | コメント (0)

2023/08/26

24TVマラソン2023年♪

★24TVマラソン2023年♪

晴れ♪

ギラギラ暑い…。
でも、真夏のギラギラではない…。




24TVマラソン46「愛は地球を救う」♪

チャリティランナーは当日発表ということ…。
誰だろう…??

昨年は3年ぶりに公道での開催。
そして、単独のマラソンで走るのは5年ぶりだった…。
さて、今年は…。


24時間テレビ 愛は地球を救う/日テレ

24時間マラソン自転車追跡班/twitter

24TVマラソン♪




昨年に続き、246が花を添えた。
多摩川沿いで80kmを消化して、残り20kmを246などで稼ぐ。
昨年、今年のそんなルートが定着しそうな。





8月26日(土)

19:53 チャリティーランナーはヒロミ(58歳)と発表。
      スタート地点は生田スタジオではなさそう。


20:12 スタート。
      スタート地点は日野市クリーンセンター。
      スターターはアンコウズのアビコタツヤ。
      今年の走行距離は102.3km。
      多摩川上流へ。


20230816001



20:27 石田大橋渡る
20:32 石田大橋東側の階段降り、多摩川左岸を西進
20:46 日野橋手前、立川公園南側にて休憩
20:52 日野橋くぐる
20:55 モノレール下通過
20:57 残堀遊歩橋渡る
21:03 中央本線くぐる
21:20 福島第五児童遊園休憩
21:39 八高線くぐる
22:04 拝島自然公園休憩
22:14 拝島自然公園折り返し、拝島橋くぐり八高線方面へ
23:00 中央本線下くぐる
23:06 モノレール下付近で休憩
23:18 残堀遊歩橋渡る
23:27 根川貝殻坂橋通過
23:33 サイクリングロード入る
23:35 中央道下くぐる
23:42 鴻池前通過
23:59 三屋交差点付近通過

00:01 府中市四谷高架下くぐる
00:07 八中角交差点付近通過
00:10 京王線下くぐる
00:17 関戸橋通過
00:24 南通り入口交差点付近通過
00:33 是政6丁目休憩(雨)
00:41 休憩終了
00:48 南武線高架下くぐる
00:53 府中街道是政橋渡る
01:00 稲城市大丸
01:08 府中市小柳町6丁目休憩…稲城市の中に飛び地のように存在する
01:38 稲城多摩川原交差点右折(鶴川街道)
01:40 矢野口駅下
01:42 ローソン前で休憩
01:50 休憩終了、生田方面へ
02:00 稲田堤駅右折、生田方面へ
02:16 生田スタジオ休憩
05:35 大休憩終了
05:48 稲田堤駅左折
05:55 松屋駐車場にて休憩
06:18 稲城市大丸
06:32 星野珈琲前通過
06:36 新大丸交差点通過
07:01 連光寺坂上交差点直進
07:09 向ノ岡交差点直進
07:14 鎌倉街道南下
07:20 びっくりドンキー駐車場休憩
07:29 休憩終了、町田方面へ
07:47 愛宕交番前交差点直進
07:50 カメラのキタムラにて休憩
08:00 休憩終了
08:09 多摩センター駅入口交差点直進
08:17 多摩ニュータウン通り西進
08:23 松が谷トンネル通過
08:26 八王子市入る
08:31 コスモ石油休憩
08:38 休憩終了
08:42 ブックオフの交差点右折(大栗川橋南交差点)
08:45 レッドバロン交差点右折(大栗川橋北交差点)
      野猿街道東進
08:47 ラーメン二郎前通過
08:54 中央大学南交差点直進
09:01 堰場交差点直進
09:04 松屋駐車場休憩
09:13 休憩終了
09:26 殿田橋交差点直進
09:36 日野市
09:40 一の宮交差点右折、川崎街道へ
09:42 クリエイトにて休憩
09:49 休憩終了
09:54 聖蹟桜ヶ丘駅前通過
10:02 新大栗橋交差点直進
10:23 連光寺坂上交差点直進
10:47 醫王寺(医王寺)大休憩
11:49 大休憩終了
11:52 新大丸交差点直進
12:01 マック川崎街道稲城店前通過
12:10 東長沼交差点直進
12:18 矢野口駅入口交差点直進
12:21 矢野口交差点ローソン前休憩
12:31 休憩終了
12:37 多摩川原橋交差点左折、多摩川左岸西進
12:43 河川敷沿いの道、多摩川左岸を東進
12:59 多摩川堤公園にて休憩
13:04 多摩川左岸東進
13:15 多摩川市民広場休憩
13:23 休憩終了、多摩川左岸東進  
      走行距離70kmを超えた
13:47 世田谷通り多摩水道橋くぐる 
13:51 小田急線高架下くぐり、多摩川左岸を東進
14:21 東名くぐる
14:27 駒沢大玉川キャンパス前通過
14:41 二子玉川緑地運動場駐車場脇で休憩
14:43 休憩終了
14:47 コヤマドライビングスクール二子玉川先で左折、多摩堤通り東進
14:57 246高架下左折、側道入る
15:07 瀬田交差点直進、246を渋谷方面へ
15:14 用賀一丁目交差点直進
15:19 ロイホ桜新町店休憩
15:25 休憩終了
15:51 上馬交差点右折、環七へ
16:06 野沢交差点直進
16:13 駒沢陸橋交差点左折、駒沢通りへ
16:14 日産駒沢店休憩
16:27 休憩終了
      環七内回りへ
16:36 柿ノ木坂陸橋交差点左折、目黒通りへ
16:50 目黒郵便局前交差点直進
16:54 揚げまんじゅう御門屋本店にて休憩
17:00 休憩終了
17:10 大鳥神社交差点右折、山手通りへ
17:19 かむろ坂下交差点直進
17:25 大崎郵便局前交差点直進
17:28 西五反田1丁目交差点左折、第二京浜(国道1号)へ
17:33 山手線五反田駅下通過
17:43 高輪台駅前通過
17:49 明治学院前交差点直進
17:55 清正公前交差点直進
18:02 白金一丁目交差点右折、国道1号を北東へ
18:06 魚籃坂下交差点直進
18:13 日産三田高輪店にて休憩
18:42 休憩終了、国道1号へ
18:43 ラーメン二郎三田本店前通過
18:53 赤羽橋南交差点右折
18:59 芝園交差点左折、日比谷通りへ
19:01 芝公園グランド前交差点にて小休止
19:07 増上寺付近にて小休止を繰り返しながら前進
19:14 御成門交差点直進
19:21 新橋四丁目交差点直進
19:32 内幸町交差点直進
19:39 日比谷交差点直進(引き続き日比谷通りだが、ここから国道1号)
19:48 和田倉門交差点直進
19:53 大手町交差点直進(国道1号ここまで)
19:58 首都高高架下くぐる(神田橋)、小休憩
20:00 小休憩終了
20:09 小川町交差点右折、靖国通りへ
20:12 淡路町交差点にて信号待ち
20:23 岩本町駅前通過
20:34 浅草橋交差点直進
20:40 両国橋渡る
20:41 両国二丁目交差点左折
 
20:46 両国国技館ゴール
      102.3km完走
      お疲れ様
      おめでとう♪





24時間テレビのフィナーレを飾るのは加山雄三、谷村新司による「サライ」熱唱。
2022年、加山雄三が85歳という高齢を理由に、コンサート活動から引退する
ことを表明。
楽曲完成から30周年を迎えたこの年の『24時間テレビ45』が加山最後の24時間テレ
ビでのサライ歌唱となった。
今年は加山雄三が外れ谷村新司にその大役が任されるのだが…。
今年3月、谷村新司は急性腸炎のため入院。
6月よりアリスの全国ツアーを控えていたが、ドクターストップにより休止。
年内いっぱいは治療に専念するとのこと…。
加山雄三が見守る中、出演者らにより歌われた。
時代は変わった…、そんな思いが…。





| | コメント (0)

2023/08/21

最古の不二家店舗、86年の歴史に幕…♪

★最古の不二家店舗、86年の歴史に幕…♪

晴れ♪

暑かった。




最古の不二家店舗、86年の歴史に幕…♪

横浜市で86年間、地域の人々に愛されてきた洋菓子店が20日夜、建物の老朽化に
伴い閉店した。
1937年(昭和12年)、伊勢佐木町に開店した店。
現存最古の不二家が閉店。
昭和、平成、令和と3つの時代にわたって多くの人を喜ばせてきたお店…。
ビルの老朽化により、一旦閉店するとか。
そんなニュースを見て、びっくりした。

「不二家 横浜センター店」は伊勢佐木町イセザキ・モールにあり、「ゆず」が路上ライブ
をしていた場所としても知られている。
戦後、進駐軍に接収され、兵隊さんたちの食事やお茶を飲む場所になったというから、
当時はモダンな場所だったことがうかがえる。

その不二家レストランは僕たちが高校生の時に足げく通っていた店。
今から54年前、昭和44年(1969年)から3年間通った。
学校が半ドンの日、市営バスでやってきて横浜東宝で映画を観るためだった。
まずは腹ごしらえに不二家レストランで必ずカツカレーを食べた。
当時、カツカレーなるものの存在を初めて知ったのがその不二家レストランだった。
こんなに美味しい料理があるのかと、感嘆したものだ。

映画はジョージ・レーゼンビーの「女王陛下の007」がいちばん印象に残っている。
コロンビア大学の学園紛争を扱った「いちご白書」のキム・ダービーも可愛かったし、
印象に残っている。
「いちご白書」といえば、主題歌のバフィ・セント・メリー「サークルゲーム」を。
この曲を聴くと、不二家レストランのカツカレーの味を思い出すから不思議…。
学園紛争が大学から高校へ飛び火してきたのもこの頃だ。
大学に入ったら、もっと酷いことに…。

赤頭巾ちゃん気をつけて PART-2♪ 2014.05.21

座間ひまわりまつりポスター&新宿の目…♪ 2019.07.02

アルプス広場…♪ 2020.12.03

総括… 2015.09.29





| | コメント (0)

2023/07/21

東海道新幹線新チャイムへ…♪

★東海道新幹線新チャイムへ…♪

晴れ♪

毎日暑い…。

昨日は中国、近畿、東海が梅雨明け。
今日は四国、北陸が梅雨明けした。
そろそろ、関東もかな…。




昨日から話題になっているニュース。
JR東海が新幹線内で使っていた車内チャイムの曲を今日7月21日から変更した。
昨日まで流れていたのは、TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN !」の一節だった。
2003年、東海道新幹線の品川駅開業を機に採用されたもので、約20年にわたり
親しまれたメロディー。
「AMBITIOUS JAPAN!」に代わって新しいチャイムとなったのはUA(ウーア)の
「会いにいこう」。
ミュージシャンの岩崎太整氏作曲、UA(ウーア)の歌声がバッチリ。
CMでも繰り返しこの曲が流れているので、耳に馴染んできた。
車内チャイムとしては完璧な出来で気に入ってしまった。

一方、東海道新幹線にはJR西日本も乗り入れているが、こちらは同じく2003年から
鬼束ちひろの「いい日旅立ち・西へ」を採用。
この曲は今後も使われる予定なので、N700Sなど同じ系列の車両であっても、流れる
メロディーでどちらの会社の車両かわかる。

20年前といえば、いちばん出張が多い時期で毎週のように東海道新幹線、山陽新幹
線で右往左往していた頃。
「AMBITIOUS JAPAN !」、「いい日旅立ち・西へ」のチャイムはよく聴いた。

6月に四国、尾道などに行った時、どちらのチャイムも聴けたので満足していたのだが。
今度は「会いにいこう」も聴いてみたい。

昔、東海道新幹線は開業時から数年間は「鉄道唱歌」が車内チャイムとして採用されて
いたが、在来線特急(電車)も同じく「鉄道唱歌」だったのでご機嫌だった♪



JR東海「会いにいく、が今日を変えていく。」 (1分00秒)






JR東海「会いにいこう」 feat.賀来賢人 (4分14秒)




JR東海「会いにいく、が今日を変えていく。」♪ 2023.03.25





関連記事

四国へ♪ 2023.06.01

JR東海「会いにいく、が今日を変えていく。」♪ 2023.03.25

梅雨の晴れ間に…新横浜♪ 2018.06.22

クリスマスエクスプレス&シンデレラエクスプレス♪ 2012.11.25

シンデレラ・エクスプレス…♪ 2011.08.30

忙しかった… 2012.11.15 謝罪のため蒲原へ…






| | コメント (0)

2023/06/04

尾道♪

★尾道♪

晴れ♪

暑い。



早朝、下を走る列車の音で目が覚めた…。
といっても、そんなに大きな音や揺れでもないのだが、ホテルのすぐ脇を山陽本線が
通っている。
5時前、長い長い編成だったので、貨物列車が通過していったのかと。

ホテルは人気のようで、多くのお客さんがチェックインカウンターに並んだ。
特に若者に人気があるらしい。
ただし、朝食は数に限りがあるらしく、予約のときに避けることにした。
今回の旅行、他のホテルでは朝食をつけていたのだが、こちらでは避けた。
かなり混雑するという説明だった…。
また、旅行支援の申し出も呆気なく却下された。


なので、朝早くにチェックアウトして、駅のコインロッカーにキャリーバッグを預けた。
なんと、交通系ICカードをドアの開閉や支払いに使う方式だった。
鍵を持たなくていいし、100円玉を6個も8個も入れる必要がない。
現金支払いの場合は鍵の代わりにQRコードが印刷されたシートが交付され、
このQRコードでドア開閉をするのだとか。

最近、交通系ICカードが「使える」ことに驚いていたのだが。
身近なとこではコンビニの支払いとかショッピングモールなども買い物に使える。
たまたま、マイナポイントはSuikaで対応したのだが、小田急線やバスだけでは
使い切れないので、ユニクロやイオン、セブンなどで使った。
今日はコインロッカーにも使った。

明日の鞆の浦では鞆鉄バスでSuikaを使った。
そう、バスの小銭支払いにもたつくのでICカードの利用がホントに救世主のよう。
Suikaが地方のバスで使えるなんて、ちょっと前には考えられなかった。

Suikaが地方でも使えることに驚いた。
交通系ICカードというワードがキーワードらしい。

000000000000000000000000000000ic


000000000000000000000000000000ic02




駅前から国道2号沿いの商店街へ。

Img_8094



昨日からしつこいくらい撮った。
下り普通列車115系が土堂踏切に。

Img_8095



Img_8098




朝食はこちらの「パンのなる木」でパンを買った。
お隣の岡村春子商店のお惣菜や食堂もかなり美味しそうで食欲をそそったが、
パンが食べたくて。

Img_8101



美味しそうなパンが並んでいた。

Img_8100_20230612230801



店の前には尾道水道に面した公園があったので、そちらで食べた。
パンなどを食べている人がちらほら。
おのみち渡し船のフェリーが行き来していた。

Img_8104_20230612230801



さくらホテル1Fのカフェさくら坂でホットコーヒーを買った。
パンとコーヒー、最高だった♪

Img_8108



路地から商店街へ。

Img_8112





Img_8114




千光寺前踏切をいく上り普通列車、115系。

Img_8129_20230612230901



千光寺前踏切をいく下り普通列車、115系。

Img_8133_20230612230901



このエリアは道祖神たちがたくさんいる。

Img_8117



山陽本線の線路下にも。

Img_8119_20230612230901



千光寺山ロープウェイ乗り場。
1999年(平成11年)8月にも乗った。

Img_8143




Img_8150_20230612231001



千光寺の眺めがいい。

Img_8153_20230612231001


山頂駅から。
昨日、高速バスを降りた向東BSから歩いた道路、ホームセンターユーホーの看板が
手に取るように見える。
すぐそこにはフェリー乗り場も。

Img_8161_20230612231001



尾道水道。
尾道大橋としまなみ海道の新尾道大橋の2本が並行して架かっている。
手前の大きな建物は尾道市役所で、新しく開放的な市役所だった。

Img_8162_20230612231001



市役所と手前の商店街のアーケード。

Img_8164_20230612231101




尾道駅の対岸には造船所、ドックが並ぶ。

Img_8172



「文学のこみち」へ。

Img_8174



ロープウェイ。

Img_8185_20230612231101



千光寺本堂。

Img_8190



石鎚山鎖修行場へ。
24年前は家族で鎖場を登ったが、今日は見るだけにした。

Img_8193_20230612231101




Img_8200



中国観音霊場第十番 千光寺。

Img_8202

千光寺



「文学のこみち」を下っていく。
天寧寺の三重塔。 海雲塔とも呼ばれている。

Img_8216_20230612231201



眼下には下り普通列車、115系。

Img_8215

天寧寺




千光寺通りを下る。

Img_8219_20230612231201



尾道といえば、猫♪

Img_8220_20230612231301



坂の街、文学の街、映画の街、猫の街、寺の街などなど。
尾道水道、瀬戸内海の島々とともに風光明媚なまち。
志賀直哉旧宅などにも立ち寄った。
「氷」♪

Img_8224



千光寺新道へ。

Img_8230



宝土寺。

Img_8235_20230612231301



あの国道2号から見上げた宝土寺から見下ろすと、貨物列車が通過。

Img_8236_20230612231301



そう、眼下にあの寺道踏切が。

Img_8237



昨日撮影した寺道踏切を通過する下り列車、115系。
今日は、あの山門から見下ろしたのだ。

Img_8020_20230611141401



そろそろ坂の街もラスト…。

Img_8244



カフェの脇を下る。
線路の向こうの道路は尾道水道への「渡し場通り」。
山陽本線の小さなガード下をくぐる。

Img_8250



ガード下をくぐったら、土堂2丁目交差点。
国道2号を渡り。
振り返る。

Img_8254_20230612231401



お腹がすいた。
トップクラスの人気がある尾道ラーメンを。
尾道駅ビル1Fに並ぶ「尾道ラーメン たに」へ。
12時5分、行列が途切れたとこを見計らって入店。

Img_8259_20230612231401




尾道ラーメン♪
背脂、ねぎ。
美味しかった♪

Img_8261



店を出たら、凄い行列になっていた…。

Img_8262_20230612231501


満足♪

尾道ラーメン たに(尾道)/食べログ

尾道ラーメン たに





土堂踏切を通過する下り貨物列車、桃太郎EF210。

Img_8267



土堂踏切。
普通福山行き、227系。

Img_8269



後追い。

Img_8270



次々。
下り普通列車、115系。

Img_8275



路地から。
持光寺前踏切を通過する列車。
なんだろう…。
丸窓らしきものが見えたし、もしかしたら、etSETOra(エトセトラ)かな。

Img_8277



ママがデザートを要求…。
持ち帰りパフェBerryへ。

Img_8280



昨日から気にはなっていた…。
路地で食べた。
最高に美味しかった♪

Img_8282

お持ち帰りパフェ Berry
お持ち帰りパフェ Berry(尾道)/食べログ




映画「転校生」で一美が自転車で爆走した跨線橋はこちらの踏切の左側にある。
「東今の2踏切」を通過する普通列車115系。

Img_8285



千光寺前踏切は人が多い。

Img_8288



こちらも人気の「尾道ラーメン 丸ぼし」。
湯河原の飯田商店かと思えるほどの長い行列…。

Img_8307



来る時に乗った渡船フェリー「にゅう しまなみ」が向島を離れた。

Img_8311



凄い数の人。

Img_8314



郵便配達のバイクやチャリ軍団が下船してきた。
自転車、バイクの場合、大人は100円+10円、小人は50円+10円。

Img_8318



百島と書かれたフェリーが。

Img_8324



尾道ともお別れ。
Suikaをタッチしてコインロッカーを開けた。
ホント、便利。

尾道駅は2019年に駅舎を一新したが、コロナ禍によりテナントは変遷したようだ。
開放的な雰囲気で好感度の高い駅にみえた。

向かいのホーム2番線から岡山方面行きに。

Img_8332_20230612231701

尾道駅 wikipedia




福山駅前にあるリッチモンドホテルにチェックイン。
旅行支援を申し出たら、即行で対応してくれた。
客室のバスなども新しいタイプで、この手のホテルとしては最高だと感じた。



普通列車岡山行きに乗り、20分ほどで到着したのは福山駅。
駅前には福山城が見える。

Img_8342




Img_8344_20230612231801



久しぶりの福山駅。
バラ公園口(南口)。

Img_8349_20230612231801



駅の福山城口(北口)から福山城へ。
駅に隣接したお城。
と思っていたら、実は駅のコンコースは城内そのものなんだとか。

Img_8358_20230612231801



築城400年を迎えた福山城天守閣。

Img_8363



天守閣に登ろうと思っていたのだが、10分前に閉館したとこだった。
がっくり。

お城の管理をされている方が声をかけてくれて、色々説明してくれた。
ここを築城したお殿様は徳川家康の従兄弟である水野勝成で、毛利氏など西日本の
有力外様大名に対する抑えとして備後国東南部と備中国西南部の10万石を与えら
れ、大和国の郡山藩から転封した。
従兄弟だからこそか、江戸幕府より下賜された伏見城の遺材も多く用いられた。
伏見城から移築された建造物としては伏見櫓や月見櫓、御殿(伏見御殿)、御風呂屋
(御湯殿)、鉄御門、追手御門、多聞櫓などがある。
太平洋戦争が終結する1週間前、1945年8月8日の福山大空襲により天守など多く
の建造物が焼失したのだとか。
焼失を免れたのは伏見城から移築された伏見櫓、鉄御門などで、今日も見ることが
できた。

初代城主、水野勝成はNHK大河ドラマ「どうする家康」で寺島進演じる家康の叔父、
水野信元の甥にあたる。
つまり、家康にとっては従兄弟。
なるほど。

福山城

福山城(備後国) Wikipedia




日本一新幹線に近い天守。
そんなフレーズが物語る光景。

Img_8377



懐かしい。
この大通りを南へ行くとみずほ銀行福山支店がある。
20年ほど前、DKBと富士銀行、日本興業銀行が合併したばかりの頃。
ここの支店で会議を行ったら、もう1店舗の支店長も同席した。
なぜ、こんな街で支店が2つもと怪訝な顔をしたら、こちらは旧DKBで、
あちらはすぐ近くの旧富士銀行なんだとか。
そか、合併に伴う諸問題のひとつを見た思いがした。
その後、1つはすぐに廃止されたことは言うまでもない…。



宮通りへ。

Img_8388



いいかも。
魚々家むてき。

Img_8400



生~♪

Img_8391



福山の「ネブト」。
かなり気にいった♪
刺身なども新鮮で美味しい♪

Img_8394



日曜日の夜ということで、居酒屋の客は少なめ。

Img_8396



〆はつぶれ梅とじゃこの茶漬け。

Img_8399

魚々家むてき(福山)/食べログ



明日は「鞆の浦」へ。
さて、どうなることか。





関連記事

四国へ~広島へ♪-4 2013.08.13
四国へ~しまなみ海道へ♪-3 2013.08.12
四国へ♪-2 2013.08.11
四国へ♪-1 2013.08.10

四国~♪  






| | コメント (0)

2023/06/03

内子、しまなみ海道で尾道へ♪

★内子、しまなみ海道で尾道へ♪

晴れ♪

暑かった。



昨日の大雨がウソのような晴天♪

朝食はバイキング形式で満足。
まずは、ホテルの近くで鉄分補給…♪


踏切の向こうには松山駅高架化工事が進捗していた。
予讃線松山駅1番ホームから今治方面へ50mほどにある南江戸踏切。
左には松山駅の1番ホームが見えた。
今治方面からの下り各停松山行き、7000系。

Img_7725_20230611143901



岡山行き特急「しおかぜ」・高松行き特急「いしづち」、8000系が通過。

Img_7730



後ろはアンパンマン列車。

Img_7733



伊予鉄路面電車。

Img_7736_20230611121101



伊予鉄路面電車、道後温泉行き。

Img_7741



改札を入ったら、1番ホームには岡山行き特急「しおかぜ」&高松行き特急「いしづち」、
8600系がいた。

Img_7758



そこへ、松山止まり特急「宇和海」が入ってきて、折り返し宇和島行き特急「宇和海」
となった。
なんと、この1番ホームは北側は岡山・高松方面の列車、南側は宇和島方面の列車が
使用するのだ。

Img_7763_20230611121201



宇和島行き特急「宇和海」。
2000系気動車。

Img_7766



宇和島行き特急「宇和海」、2000系気動車に乗車。

Img_7767_20230611121201



3番ホームに宇和島方面からの各停松山行きが到着した。
キハ185系3100番台気動車。

Img_7769



松山駅を出発して5、6分で松山運転所という車両基地があった。
いろんな車両が並んでいて壮観。
松山の平野部から次第に山間部へ。
かなりのスピードで走り、30分ほどで内子駅到着。

Img_7779_20230611121301



山あいの駅。

Img_7784_20230611121301



宇和島に向かっていく特急「宇和海」を後追い。

Img_7786_20230611121301



各停松山行き、国鉄キハ54形気動車。

Img_7788



駅構内には秋川雅史コンサート、内子座文楽のポスターが。

Img_7791



驚いたのは、この駅に降り立ったのは3組7、8人で、ほとんどがインバウンドの方。
中国や香港、台湾からかと。
彼らも個人旅行でピンポイントで観光地を旅するようになったのかと感慨深いものが。
これからも少人数での旅行をと…。

Img_7792



駅前にはC12がいた。

Img_7795



金毘羅灯篭(常夜灯)。
この灯篭は天保2年(1831年)に商家の方たちの尽力で建立された。
四国八十八ヶ所参りのお遍路さんや金毘羅参りの人たちがたくさん泊まり、
その人たちの道しるべとなっていた。

Img_7803




22年ぶりの内子座へ。

Img_7808



大正5年(1915年)、大正天皇即位を祝って創建。
歌舞伎、人形芝居、映画、演説会会場として活用したが、戦後、1階升席を撤去して
椅子式に改造、映画館的色彩を強めた。
昭和60年(1975年)復元工事が完成した。

Img_7809



大きな廻り舞台であることがわかる。
また、升席が存在感をもつ。

Img_7812_20230611121501



奈落。
22年前には全部見ることができたのだが…。
昨日の大雨により浸水してしまい、階下へは降りられなかった。

Img_7816_20230611123301



壮観。
廻り舞台、花道と本格的。

Img_7823


今年秋頃からは改修工事のため4年間閉館となる予定…。
ぎりぎりセーフだった…。

内子座 Wikipedia

内子座/内子さんぽ

内子座/内子町




22年前、2001年8月に訪れたとき、七夕まつりが開催中だった。

Img_20230606_0001




内子町の散策へ。

Img_7833




Img_7836_20230611123401



商いと暮らし博物館。

Img_7839



内子町は木蝋、生糸が特産品。
郷土の偉人としては大江健三郎、日商(後の日商岩井、現、双日)創設者の高畑誠
一、日本のビール王といわれた高橋龍太郎(大日本麦酒、後のアサヒビール、サッポロ
ビール)。
そして、わが母校 神奈川大学の創設者である米田吉盛などがあげられる。


当時の商家の朝食。
一汁一菜といわれるが、ご飯と味噌汁、漬け物だけ…。

Img_7842



八幡宮。

Img_7848



栗饅頭の坂見輝月堂。

Img_7855



内子町の町並み保存地区へ。
僕は全然覚えていないが、22年前に訪れたことをママは記憶していた。

Img_7856



大森和蝋燭屋。

Img_7858_20230611125001



店内には色々な和蝋燭が。
1本だけ買い求めた。

Img_7859_20230611125101



和蝋燭の作業場。

Img_7860



道祖神。

Img_7869



町並み。

Img_7873



本芳我家住宅。
芳我家の本家。
庭園に入ることができる。

Img_7875_20230611132001



赤いポスト。

Img_7883



上芳我邸。
木蝋生産で栄えた商家で現在は木蝋資料館として見学できる。

Img_7885



贅を尽くした客間。

Img_7890



階段箪笥。

Img_7900_20230611132101



中庭から。

Img_7904




Img_7910_20230611132101




蕎麦、下芳我邸。

Img_7911_20230611132201



地元のお客さんや観光客で、ほぼほぼ席は埋まっていた。

Img_7914



じゃこ天蕎麦。
アシタバの天ぷらかな、美味しかった。

Img_7915



ママは焼き豚玉子飯セット。

Img_7916


美味しかった♪

下芳我邸

下芳我邸(内子)/食べログ





内子駅から松山行き特急「宇和海」に。

Img_7924_20230611132201



松山駅では岡山行き特急「しおかぜ」・高松行き特急「いしづち」と同じ1番ホームへ。
ここから特急「しおかぜ」・「いしづち」に乗換えた。
で、思ったのだが、宇和島側と高松側って別の特急券が必要になるのは…。
ちょっと気になった…。

Img_7927_20230611132301



瀬戸内海の青い海~♪

Img_7935



今治駅で下車。
駅前から高速バス「しまなみライナー」福山駅前行きに乗車した。
中国バスだった。

来島海峡第三大橋。
昨日とは打って変わって最高の晴れ♪

Img_7945



伯方島BS。
なんと、インターを降りて、一般道沿いのバス乗り場にBSがある。
大三島BSも同じタイプで一般道沿いにBSがあった。

Img_7956



待合室があって、2、3人が乗車してきた。

Img_7955



井口島へ渡る多々羅大橋。

Img_7959



瀬戸内海。

Img_7961



因島大橋BSに停車するとき、尾道方面への乗換えをアナウンスしていた。
聞き流したわけではないのだが、その先でも尾道方面のバスに乗換えができるのかと思った。

尾道で降りたいのだが、しまなみライナーはこの先、福山駅前まで行ってしまう。
向東BSで下車するとき、尾道行きに乗換えられるのかと尋ねたら、因島BSでしか
乗換えできないとのことだった…。
内心ほっとした。
尾道行きに乗換えられるという甘い誘惑にくらっとしていたのだが…。
ホントは向島から尾道への渡船フェリーに乗りたいのだ…。
もう1組のお客さんも下車した。

Img_7964_20230611134201

しまなみライナー/中国バス




外の世界に出るとこにイノシシ侵入防止のために扉を閉めてくださいと…。
そういえば、他のBSでも同じ看板が見えた。
こんなとこでも、イノシシが出るのか…。

Img_7962


高速は高架となっていくが、こちらの歩道は緩やかな下り坂。
キャリーバッグも苦じゃない…。
国道317号二番潟交差点を渡って西へ。
「ユーホー」の看板が見えてきたので、東西橋交差点から川沿いの道路へ。

Img_7967



途中、何かしらのモニュメントか…。
戦争の匂いを感じた…。

Img_7968



案の定、戦時中の向島捕虜収容所跡地を示すモニュメントだった。

Img_7968002



尾道の街が見えてきた。

Img_7969



尾道水道の向こうに千光寺が見えてきた。

Img_7970_20230611134301



尾道側から客を乗せて渡船(フェリー)「にゅう しまなみ」が向島の桟橋に着いた。

Img_7977_20230611134301


おのみち渡し船(株)の向島~尾道航路フェリー。
全日 6:00~22:00。
大人100円、小人50円、自転車、バイクを一緒に乗せる場合は10円加算。
自動車航送は3m以上~4m未満 120円、4m以上~5m未満 130円。(運転者1名分の運賃含む)

Img_7977002


なお。
福本フェリーの場合は尾道駅に近くなり、大人60円、小人30円。
1/1と日曜日は運休なのだとか。

また。
このフェリー乗り場は大林宣彦監督の「新尾道三部作」の2作目の作品「あした」の
舞台となったとこ。
後で知ったのだが、この近くに当時のロケセットが移築されているとか。

あした(映画) wikipedia




フェリーが着岸し、本土側からの乗客が下船してきた。

Img_7978_20230611135101



全員下船したので、こちらの乗船開始。

Img_7979



バイクが2台、チャリが数台、人は3人。
人は右側の「船室」で座ることができる。

Img_7980



5、6分ほどで本土、尾道へ。
こちらは尾道駅まで徒歩10分ほどと離れているが、高速を走る「しまなみライナー」
の向東BSから徒歩でフェリー乗り場につながるので、今回はこちらにした。

全員下船した後、尾道側からの乗客、バイクなどが乗船。
乗船終了後、すぐ出航する。

Img_7989



24年前、1999年(平成11年)に千光寺から眺めた尾道の街と向島。
その光景の中で渡船フェリーの存在が光っていた。
眺めている間にも何回となく往復する。
次はフェリーに乗りたいと…。
今回、マップを眺めまわしていたら向東BSからは徒歩でフェリー乗り場まで
歩ける距離のように思えた。

202306__20230611160501

向島~尾道渡船フェリー/尾道まちかど広報室




渡船フェリーを降りたら、こんな光景。
渡し場通りと。

Img_7995



暑い。
お茶でもしたい。
「ティールーム リオ」へ。

Img_7997



店内には絵画が何点もかかっている。
尾道の人たちが描いたもの。
カメラに収めたくなるような絵もたくさんあった。

Img_7998_20230611135201



レモンスカッシュを。
生き返った~。

Img_7999



フェリー乗り場を。

Img_8000_20230611135201



尾道センター街。

Img_8001_20230611135201



この尾道もインバウンドの人たちがたくさんいらした。
欧米系や東南アジア系の人たちかな。

Img_8004

 

尾道商店街から国道2号へ抜ける路地。

Img_8016_20230611141301

 

 

国道2号と山陽本線。
山陽本線、東尾道~尾道駅間の寺道踏切を通過する下り列車、115系。

Img_8019

 

上のほうに見えるのは宝土寺。

Img_8020_20230611141401



寺道踏切をいく上り列車、115系。

Img_8022

 

 

商店街。
以前は銭湯だったが、現在は飲食店になっていた。

Img_8025_20230611141401

 

林芙美子像。

Img_8030



尾道駅前から尾道水道、造船ドックを。

Img_8033_20230611141501

 

尾道駅。
1999年に来たときはもう少し小さな駅舎だったが…。
現在は立派な駅舎で開放的で使える駅って雰囲気。

Img_8036_20230611141501



尾道駅改札。
115系がいた。

Img_8034


尾道駅 Wikipedia



おのみち渡し船(株)、富浜~尾道駅前航路。
向島行き渡船のりば。

Img_8035

 

駅の西側にあるホテルにチェックイン。
旅行支援については条件が合わないという理由で却下された。
ま、仕方ない…。


また、尾道本通り商店街へ。

Img_8038_20230611142901



土堂踏切をいく下り列車、213系。

Img_8040



持光寺前踏切に差し掛かる上り列車、115系。

Img_8043



持光寺前踏切をいく上り列車、115系。

Img_8046_20230611142901



路地から尾道水道を。

Img_8048_20230611143001



尾道水道から商店街へ抜ける路地。

Img_8052_20230611143001



お好み焼き「いけだ」へ。

Img_8065



肉玉、あげイカ玉を。

Img_8058_20230611143001



氷結♪

Img_8060



超美味しかった♪

Img_8063

お好み焼き いけだ(尾道)/食べログ





持光寺前踏切は…。
この「おむすび屋 しろくま」の看板が目印。

Img_8047



持光寺前踏切をいく下り列車、115系。

Img_8069_20230611143101



115系でも通過するのかと気にかけなかった…。
えっ、TWILIGHT EXPRESS 瑞風が土堂踏切を疾走していった。(87系気動車)

Img_8080



夕暮れの尾道駅改札。

Img_8086



とにかく晴れてくれた♪

22年ぶりの内子、24年ぶりの尾道、10年ぶりのしまなみ海道と♪
最高の旅♪



回想…。
映画「転校生」(1982年)では一美が自転車で爆走して駆け上がるシーン。
そんな跨線橋をバックに。
                                         1999年8月

Dscf0024





関連記事

四国へ~広島へ♪-4 2013.08.13
四国へ~しまなみ海道へ♪-3 2013.08.12
四国へ♪-2 2013.08.11
四国へ♪-1 2013.08.10

四国~♪  





| | コメント (0)

2023/06/01

四国へ♪

★四国へ♪

晴れてくれた♪

ちょっと蒸し暑い…。

台風2号の行方が気になる…。



5月29日、九州北部、中国、四国、近畿、東海と梅雨入り…。
30日には九州南部も梅雨入り…。
台風2号の行方も気になる…。


そんな最悪の状況…。
久しぶりに東海道新幹線「のぞみ」に。
出張でよく利用した新横浜駅6:17発の「のぞみ1号」…。
週に2、3回乗ったこともあるほど「のぞみ1号」のヘビーユーザーだった。
現在は品川にも停まるため、6:18発になった。

40数年もサラリーマンをやってたので、新幹線は公私ともに数百回は利用した。
圧倒的に東海道・山陽新幹線の利用がほとんどだった。

僕の両親が四国出身で、僕自身も2歳から3歳にかけての1年ほどを四国の
おじいちゃんの家に預けられていたので、四国の血が流れていると思っている。
プライベートに親子4人で四国に行ったのは1995年(平成7年)から2001年(平成13
年)にかけての夏休みに6回も出かけたが、いずれもクルマだった。
冠婚葬祭で四国や広島へ行くときは僕ひとりで新幹線利用だった。

今回は夫婦で新幹線利用ということで、費用面では厳しいことを思い知った。
飛行機にしようかと思ったが、やはり、新幹線がいい。


JR東海「会いにいく、が今日を変えていく。」 (30秒)







JR東海「会いにいこう」 feat.賀来賢人 (8分26秒)





JR東海「会いにいく、が今日をかえていく。」♪ 2023.03.25




関連記事

梅雨の晴れ間に…新横浜♪ 2018.06.22

クリスマスエクスプレス&シンデレラエクスプレス♪ 2012.11.25

シンデレラ・エクスプレス…♪ 2011.08.30

忙しかった… 2012.11.15 謝罪のため蒲原へ…





早朝4時20分に起床した。
サラリーマン時代は嫌々起きていたが、今朝はすっきり起床した。

5時過ぎに自宅を出た。
キャリーバッグを転がして駅に向かうなんて数年ぶり。
町田駅でハマ線に乗換え、6時過ぎに新横浜着。

贅沢に崎陽軒のシウマイ弁当といきたいが朝食に900円は痛いので、690円の
横濱チャーハンを。
サラリーマン時代からそうしていた。
横濱チャーハンは人気なのですぐ売り切れてしまうが、早朝なので大丈夫。

Img_7213




向かいの上りホームは「こだま」の表示しかない…。
そう、朝早過ぎて三島や静岡始発の「こだま」しか来ない時間帯。
「ひかり」、「のぞみ」の表示が現れるのは1時間半後…。

懐かしい「のぞみ1号」の表示。
6:17時代が染み付いているが…。

Img_7220



1964年(昭和39年)開業からずっと「こだま」しか停まらない新横浜駅…。
2008年(平成20年)、「のぞみ」、「ひかり」、「こだま」完全停車が実現。
悲願達成まで44年間もかかった。
とにかく、関西や四国へ行くことが多い我が家としては面倒だった。
そして、肩身の狭い思いをしてきた。
最近は新横浜で乗り降りすることが「ステータス」のようにさえ…♪

「のぞみ1号」。
JR東海の車両でN700S。
ホームドアが恨めしい…。

Img_7224_20230607211301



最高~♪

Img_7228



行きは海側のA、B席にした。
新横浜~我が家エリア、相模川、早川、石橋、根府川、熱海と車窓からの一瞬の景観
を楽しむことができた。
いつも見ている景色が新鮮で違ったものに見える。

「727」も♪

Img_7237



岡山駅9:09到着。
サラリーマン時代は岡山支店の朝礼に参加したものだ。
ただし、当時は9:12着だった…。

岡山駅で下車、四国連絡の乗換えへ。
こちらは松山行き特急「しおかぜ5号」、8000系。

Img_7243



おっと。
国鉄急行色のキハ40系♪
津山行き、キハ47形(キハ47 47)はノスタルジーと称して国鉄急行色を採用。
やはり、嬉しい♪

Img_7245


北海道を旅行したときは北海道色のキハ40系を見た。
で、今日は国鉄急行色を見て感激した。

国鉄キハ40系気動車(2代) wikipedia



津山行きの隣には四国連絡の高松行き快速「マリンライナー17号」が。
5000系。

Img_7246_20230607211301



高松方先頭車はこんな顔。

Img_7257_20230607211301




先頭車は2階建てグリーン車。

Img_7261_20230607211301




で。
ウチもグリーン席なのだが、運転席かぶりつき座席へ。
このグリーン料金は1,000円。
サラリーマン時代、「ぺえぺえ」はグリーン車は不可なのだが、この1,000円は経費で
支払ってくれた。
多分、経理担当者がグリーン席の料金とは思わなかったのだろう…。

Img_7262



この表示版で分かるように、1本のホームに5、6、7、8番線が同居している。
どれも、茶屋町、児島、四国、宇野方面で宇野みなと線(宇野線)、瀬戸大橋線
(本四備讃線)が使用する。
岡山駅の瀬戸大橋線ホームでは発着メロディ「瀬戸の花嫁」が流れうっとりする。

Img_7268




8番線の快速マリンライナーの前方には凸の形をした7番線ホームがあり、児島行き
115系がいた。

Img_7264



最初は単線だったが、途中で複線になったり単線になったり…。
妹尾駅に。

Img_7277


僕が知ってる妹尾駅はまわりが田畑で何もなかった…。
といっても、小学生から社会人1、2年生にかけてのこと…。
つまり、昭和35年から昭和55年頃のこと…。

上り快速マリンライナーと交換。

Img_7280_20230607211401



超懐かしい茶屋町駅。
といっても、こちらは立派な高架駅。
僕が知ってる茶屋町駅は田畑の真ん中にポツンとある小さな駅。
列車が到着するとシーンとしていたが、すぐにカエルのゲロゲロとミミズのジーという
鳴き声がやかましくなった。
夜行急行「瀬戸」や急行「鷲羽」などの車窓から見た光景が目に焼きついている。
妹尾駅と同じくまわりは田畑で何もなかった…。
建物といえば、農家とか普通の民家しかなかった。
学生服メーカーの看板などを鮮明に覚えている。

Img_7286_20230607211401



茶屋町駅の高架化。
なんと、昭和63年(1988年)の本四備讃線開業と同時に高架化されたのだ。
そうだったのか…。

見た目は立派になったが、存在感は…。

で。
時刻表で調べてみたら、快速マリンライナーは茶屋町駅に停車するが、四国連絡の
特急しおかぜ、特急南風などは茶屋町駅は通過し児島駅に停車する。
もちろん、特急サンライズ瀬戸も茶屋町駅は通過し児島駅停車だ。
軽いショックを覚えた。

茶屋町駅。

Img_7290

茶屋町駅 wikipedia




昭和63年(1988年)、本四備讃線開業により児島駅は開業、出現した…。
出張や冠婚葬祭で列車に乗ってきた時、児島駅の存在感に圧倒されて軽いカルチャー
ショックを覚えたほど。
そう、家電量販店や商業施設っぽい建物などが車窓から見えて、賑やかさに驚いた。
宇野線ののどかな風景しか知らないのに、いきなり「街」が出現して狼狽するほど。
2013年にはクルマで児島駅に立ち寄ったが、街中の駅という印象だった。
昔は学生服の看板が多かったが、児島という土地柄かジーンズの看板が新鮮。
住所的には紆余曲折の末、倉敷市に編入されており、違和感を覚えた。

児島駅。

Img_7299



JR西日本とJR四国の乗務員交代。

Img_7302

児島駅 wikipedia




昔、四国連絡の急行「鷲羽」にその名をいただいた鷲羽山を横目に瀬戸大橋線は
瀬戸内海へと踏み出す。
反対側の山の上には「鷲羽山ハイランド」という遊園地があり、大きな観覧車が
見える。
きっと、瀬戸内海、瀬戸大橋が一望できるのだろう。


瀬戸大橋を。

Img_7311



車窓から見える瀬戸内海の島々。

Img_7322



いよいよ、四国上陸。

Img_7325



高松駅手前の車両基地、高松運転所では寝台特急「サンライズ瀬戸」285系がいた。
今夜の運行に備えての留置か。

高松駅到着。
昔の高松駅の面影はない…。
国鉄一筋とはいえ列車ではなく、宇高連絡船一筋(レーダー、船舶無線)だった叔父の姿もない。
松山行き特急「いしづち」、8600系がいた。

Img_7346



高松止まりの普通列車、7000系。

Img_7347



都会っぽくなった高松駅前。

Img_7352_20230607211601



高松駅から徒歩2、3分。

玉藻公園。
高松城の石垣が美しい。

Img_7359_20230607211601



ここの堀は瀬戸内海の海水を引き込んだ平城(水城)である。
潮の干満による水位調整のための水門も設けられている。

Img_7364_20230607211701




良櫓(うしとらやぐら)。

Img_7368



本丸跡と二の丸跡をむすぶ鞘橋(さやばし)からは堀の向こうに、ことでん高松築港駅が見える。

Img_7370_20230607211701



ことでん高松築港駅。


Img_7374



琴電琴平行き。
高松琴平電気鉄道1100形電車。(京王5000系(初代))

Img_7382_20230607211701



昔、叔母や従弟たちと歩いた片原町駅、瓦町駅は下車してアーケード商店街を歩きた
かったのだが、今回はパス。
栗林公園駅で下車。

ママは来たことがないので、栗林公園へ。

Img_7392



栗林公園といえば飛来峰からの景色など見どころ満載なのだが、時間がないので、
ストレートに北門へ。

Img_7397



高徳線栗林公園北口駅へ。
高架下をくぐると稲荷大明神。

Img_7399




栗林公園北口駅ホーム。

Img_7403



高松行き、1500形。

Img_7406



高松駅でコインロッカーからキャリーバッグを取り出し。
次なる目的地の「うどん」を目指す。

松山行き特急「いしづち9号」に乗車。
8000系電車。

Img_7411



アンパンマン列車。
天井もかわいい。

Img_7413



四国の鉄道は瀬戸大橋開業によって大きく変貌した。
今年は青函トンネル、瀬戸大橋線開業35周年。

高松の叔父は国鉄一筋。
その中でも異色の宇高連絡船一筋の通信屋(レーダー、船舶無線)だった。
四国を訪れた際には正装して迎えてくれたもの。
いつだったか、作業着のまま迎えてくれた時はかっこよさを感じた。
官立無線電信講習所(戦後、電気通信大学となる)を卒業。
昭和30年の紫雲丸事故をきっかけに国鉄四国支社に設置された宇高船舶管理部に
採用され、宇高連絡船の安全の要、レーダー、船舶無線一筋だった。
昭和63年、本四備讃線(瀬戸大橋線)開業によって宇高連絡船は廃止され、叔父は
定年を迎えた。

その後、クルマで訪れることが多かった四国だが、出張や冠婚葬祭などでは列車で
移動するのだが。
ある日、冠婚葬祭で西条市に行ったとき、かなり高齢になった高松の叔父も一緒に
なり、帰りは同じ特急「しおかぜ」・「いしづち」に乗車。
途中、宇多津駅で僕は岡山行きの特急「しおかぜ」の車両に移動し、叔父は特急「いし
づち」のまま高松へ。
意味が飲み込めないまま、アナウンスに従った。

昔の予讃線は高松駅がすべての起点であり玄関口だったが、瀬戸大橋線開業によっ
て地政学的に四国の玄関は宇多津駅や多度津駅、坂出駅となってしまった。
このことが、僕の固い頭では理解しずらい…。

岡山駅から四国に向かう際、松山方面に行くなら特急「しおかぜ」に、高松に行くなら
快速マリンライナー、高知方面なら特急「南風」に。
尚、高松から高知方面には特急「しまんと」が出ている。
高松から松山方面は特急「いしづち」でいき、宇多津駅、あるいは多度津駅で岡山から
の特急「しおかぜ」とドッキングする。
ということで、瀬戸大橋線開業35周年にして、ようやく理解してきた。


202335th


宇高連絡船♪ 2009.09.04





宇多津駅で岡山からの特急「しおかぜ9号」を連結する。
作業員も乗車してきて一大イベント…。

Img_7418



香川県の詫間駅~津島ノ宮駅(臨)~海岸寺駅間。
予讃線でもハイライトというべき美しい瀬戸内海の景観。

沖合いにある津嶋という小島が橋で結ばれていて、島には津嶋神社がある。
津島ノ宮駅というれっきとした駅があるが、毎年8月4、5日の夏季大祭の時だけ
営業する、日本一営業日数の少ない駅。

JRで、最高に好きな景色♪
晴れた日に、列車に乗って眺めると、ホントに最高の気分になるとこ♪

Img_7428_20230607214401

津島ノ宮駅 Wikipedia

津島ノ宮駅/海の見える駅




観音寺駅で各停の普通列車に乗換え。
伊予西条行き、JR四国7200系電車。
これは国鉄121系電車を改造・形式変更したもの。
乗換え時間3分、向かいのホームへ地下道を渡り、ぎりぎりセーフ…。

Img_7429_20230607214501



ワンマン運転。
この図のように運転席側でなく、後部ドアから乗車。
2両編成なのに、2両目の車両は回送車両ということで閉まっていた。

Img_7432



箕浦駅下車。
普通 高松行き7000系と交換。

Img_7437_20230607214501



町田~高松~伊予西条の連続乗車券にしてあったので、高松駅で改めて買い求める
必要がない。  細かいことだが、使い勝手がよい。


箕浦駅。
国道11号の向こうは瀬戸内海。

Img_7444


箕浦駅 wikipedia



1977年(昭和52年)、社会人なりたてで伊予三島(現、四国中央市)に赴任していた
頃、高松の叔父が何回か連れてきてくれた、うどん屋「かな泉」があった箕浦駅。
月日がながれ、1999年(平成11年)、2000年(平成12年)にはママや息子たちを
連れて、はるばる800km。
わざわざ高速を降りて箕浦駅へ「かな泉」のうどんを食べにきた。

2006年か2007年に「かな泉」箕浦店が閉店し、2012年6月、跡地に「上戸うどん」
がオープン。
2012年11月には「かな泉」本体が破綻したと聞いてがっくりした…。
「かな泉」創業60周年を目の前にして…。

「上戸うどん」って、どんな店なんだろう…。
そんな思いが募ってきた。


2013年8月に訪れたら、なんと、定休日…。
当時は日曜日が定休日…。
リベンジしようと思っていたら、10年経っていた…。
現在は年中無休で6:00~14:00、売切御免。
香川県の西端で、少しいくと愛媛県に。
讃岐西端うどん「上戸うどん」。

今日は高松では時間がないを連発…。
そ、「上戸うどん」を最優先。
少しでも早く着いて、「売切御免」なんて失態だけは避けたい…。
そんな思いで店に入った。

Img_7445_20230607214501

四国へ♪ - 1 2013.08.17

箕浦駅のうどん♪ 2012.08.27




予讃線箕浦駅の隣で国道11号に面している。
「燧(ひうち)のいりこは日本一」とうたう「上戸うどん」。
燧灘のいりこ。
沖合10kmほどにある伊吹島の「伊吹いりこ」を使用している。
四国本土の讃岐うどんの店では「伊吹いりこ」が出汁とりなどに使われている。

Img_7462




13時。
国道11号に面しているので交通の便は最高。
そ、国鉄が「かな泉」を誘致したのは、この国道を走るクルマがターゲット。
箕浦駅の隣にある店だが、クルマで訪れることを見事に当てたのだ。
ランチタイムを過ぎ、駐車場には営業車らしきクルマが3、4台ほど。
後からトラックが入ってきた。
店内には5、6人の客。
テーブルも空きはじめた。

うどんはセルフで温める。
10秒温めて出し汁を注ぐ。

Img_7451



あれもこれも欲しくなる。
白天、えびかき揚げを。

Img_7449



10年以上、夢見てきた「上戸うどん」。
白天、えびかき揚げを。
最高に美味しい♪

Img_7455


食べログでは2017年以降、百名店を5回受賞。

Img_20230717_0001_20230717172201

西端手打 上戸(箕浦)/食べログ

上戸うどん番犬/twitter





箕浦駅。

Img_7476



島式ホーム1面2線の地上駅。
1番線は上り多度津、高松方面、2番線は下り新居浜、松山方面。
交換列車がないときは列車種別に関係なく2番線に入線する。
1日平均乗車人員はコロナ前の2019年は18人。
以前の記事を読んでいたら、1977年(昭和52年)頃の乗降客数は200人。
ずいぶん減少したものだ…。

駅舎からホームへは構内踏切を渡る。
簡素な警報機はあるが遮断機はないので、ちょっと注意…。


松山行き特急「しおかぜ・いしづち」号、8600系が通過。

Img_7486




普通松山行き、7000系に乗車。

Img_7491




新居浜駅から先、車窓の風景を…。
昭和52年だったか53年だったか、社会人1年のころ、伊予三島に赴任していたので、
西条市のおじいちゃんの家に行った帰りのこと。
伊予西条駅から東に1、2kmのとこで出火した山火事が中萩駅の辺りで最悪の状態。
行けども行けども、延々とつづく山火事…。
消防車といっても村の消防団の小さな消防車が茫然と火事を見つめている。
新居浜駅では焦げたような匂いがして窓を開けたら火の粉が降り注いできた。
数日間、延々6、7kmほども焼けた。
あのような山火事は初めて見た。
そんな昔の恐怖を思い出した…。


1時間ほどで伊予西条駅到着。
瀬戸内エリアでは岡山駅の瀬戸大橋線ホームや児島駅、JR四国では高松駅はじめ
特急停車駅の駅メロに「瀬戸の花嫁」が使われているケースが多い。
伊予西条駅の「瀬戸の花嫁」も愛着があるというか、好きだったのだが…。
なんと、秋川雅史の「千の風になって」に変更されていた。
ま、西条市出身のテノール歌手だから…。

Img_7499_20230607214601



駅メロだけじゃない、ホームにあった「うちぬき」も撤去されていた…。
バリアーフリー工事に伴い撤去されたとか。
なお、当駅の1日平均乗車人員はコロナ前で1,500人ほど。
乗降人員では3,000人ほどか…。


いいね♪

Img_7503





Img_7504_20230607214701



駅を出てすぐ。
鉄道歴史パーク in SAIJOへ。

入館と同時に署名のお誘い。
NHK朝ドラで土佐の牧野富太郎先生「らんまん」が好評。
だったら、同じ四国の伊予の名士といえば、我が十河信二国鉄総裁。
てことで、朝ドラに十河さんをとの署名運動。
もちろん、快諾した。

四国鉄道文化館 北館。
忘却の彼方にいってしまった急行「うわじま」、急行「土佐」のヘッドマーク。
今回、松山から先へ行くときに乗ったのは特急「宇和海」だった。
そか、「うわじま」じゃないのかと怪訝な思いで乗った。

Img_7514




0系。
新幹線の原点である0系新幹線。

Img_7524




Img_7525_20230607214701



DF50 1。
DF50形ディーゼル機関車「1号機」。

Img_7526



駅を跨ぐ跨線橋を渡ると、四国鉄道文化館 南館へ。
フリーゲージトレイン(第2次試験車)が屋外にある。
左に見えるのは、カーバイト庫。
円筒形の給水塔も右手のほうにあるのだが…。
どちらも、大正10年(1921年)の開業時からのものだとか。
亡くなった父のアルバムにはこれらの写真が残っている。
カーバイト庫のまわりには職員詰所なのか大きな建物がたくさんあったのだが。

Img_7529_20230607214801



DE10 1。
DE10形ディーゼル機関車「1号機」。

Img_7542




いよいよ♪
キハ65 34。
キハ65形急行用気動車「34号」。

Img_7541



1年間、四国のおじいちゃんの家に預けられていた3歳の僕は身も心も四国の子。
そんな僕を東京へ連れ戻す時、おばあちゃんも一緒に乗るんだよと言っていた列車は
蒸気機関車だった。
その蒸気の顔は今でも覚えている…。
だからか、今もSLは好きじゃないというか、拒否反応…。
三つ子の魂百までも…。

その後、小学生から高校生くらいまではキハ58系の急行だったと思う。
高校生、大学生の頃はキハ65形気動車の急行に変わっていた。
そして、いつの間にか特急になっていった。


キハ65形車内。

Img_7548




C57 44。

Img_7556_20230607214801



Img_7562



コカ・コーラ瓶♪

Img_7557_20230607214801



昭和のコカ・コーラを飲みながら昭和のキハ65を。

Img_7558


鉄道歴史パーク in SAIJO





駅を。
各停松山行き、7200系。
そ、JR四国の駅では行先表示板に「各駅停車」と表示されていた。

Img_7583



せとうちバス、新居浜駅行き。

Img_7587_20230607214901



恐れていたこと…。
ご多分に漏れず伊予西条駅の周辺はこれといった飲食店がない…。
昔は賑わっていた商店街は寂れてしまって、見る影もない…。
クルマで産業道路、バイパス沿いに行けばなんでもあるのだが…。
30分ほど駅前散策を兼ねて歩いてみたが…。

駅前にあるのはホテル、コンビニなど普通の光景。
そして、やたらと斎場が軒を連ねていた。
ちょっと驚いた…。


駅前ロータリー前の「焼きとり 紬(つむぎ)」へ。
宿泊するホテルの真ん前だし。

Img_7594



生~♪
美味しい♪

焼き鳥などを。
美味しかった。

Img_7589_20230607214901



ママはシャケじゃなかった鮭茶漬けを。

Img_7591




僕は玉子かけご飯を。

Img_7592_20230607214901




伊予西条駅前で道路を渡ったとこのホテル。
新しいホテルができたのだ。
僕が中学生のときに撮った昔の写真では個人経営の医院だったとこ。
その隣は第一生命のビルで、今も続いている。
旅行支援は枠オーバーということで適用なし…。
こちらの新しいホテルにしたのは、大浴場があるってことが決め手。
大浴場、やっぱり気持ちよかった。


中学生の頃に撮った写真だから、昭和44年(1969年)頃。
54年前…。

Scan10023002002



この夜、TVでは中国・四国地方の大雨予報のニュースばかり…。
特に四国は雨量300mmを超える線状降水帯が襲うみたいな嫌な情報…。

いちばん恐れていたこと…。
でも、台風2号の心配はなくて、日本列島をそれて太平洋上を北上するらしい。
ただし、台風の影響で前線が刺激されて大雨とのこと…。
夕刻から雨が降りはじめ、次第に本降りに…。

明日はどうしよう…。
そんな悩ましい夜だった…。





関連記事

四国へ♪-2 2013.08.11
四国へ♪-1 2013.08.10

四国からトンボ帰り… 2012.03.19

四国~♪

せとうちバス…♪ 2020.09.29

キハ65形♪ 2014.07.06
キハ65形♪ 2009.01.28






| | コメント (0)

2023/04/22

日本橋と丸の内♪

★日本橋と丸の内♪

どんより…。

昨日の暑さがウソのような肌寒さ…。



TVでは。
広瀬すずは日本橋界隈の「三井でふふふ」の三井不動産、三井のすずちゃん。
歌舞伎役者の松本幸四郎さんは先駆け的存在だった。
一方、高畑充希は東京丸の内「三菱村」、三菱地所のキャラとして頑張っている。
そんな日本橋と丸の内へ。


赤いロマンスカーGSE・70000形に。

Img_6806_20230422204401



新宿駅到着。
ロマンスカーカフェはなくなっていた…。
小田急の新宿駅自体が工事に突入していて、これから数年間は騒然とするだろう。

Img_6807_20230422202801



ロマンスカーホームはインバウンドの人たちで溢れかえっていた…。
箱根をめざしているのだろう…。

赤いロマンスカーGSE・70000形は就役5周年。

Img_6810



久々に丸の内線で大手町に出て、半蔵門線で三越前へ。
三越の中を抜けて、エントランスには神田明神祭禮、室町一丁目町会神輿が。

Img_6814




日本橋川に架かる日本橋。
大阪の日本橋は「にっぽんばし」だが、東京の日本橋は「にほんばし」。
日本橋の上を首都高があるのが当たり前のように思っていたが、「日本橋再生計画」
と呼ばれる再開発計画がすすめられていて、首都高の地下化などが行われる。

00_20230423163401



Img_6818



東京市道路元標。

Img_6821



日本国道路元標。(複製)

Img_6820



日本橋。
獅子が東京都のマーク(紋章)を抱えている。

Img_6822



日本橋川の上には首都高が走る。

Img_6823_20230422203201



日本橋の四隅には獅子がいる。
橋の中央には翼のある麒麟の像が二体ずつ、計四体いる。

Img_6839_20230422203301




少し歩くと、日銀が。
日本銀行本店。

Img_6844



Img_6845




Img_6847_20230422203601



日銀の先には三井本館。
三井住友銀行日本橋支店。

Img_6841_20230422203301



左側は三井本館、右側は三越。

Img_6850



三越。
65年ほど前、僕が5、6歳の頃だったか、このライオン像を見た。
鮮明に記憶している。
もうひとつ、天女像も鮮明に覚えているのだが、これは1960年(昭和35年)に
完成したもの。

当時と同じものを見ることができる幸せを感じた。

Img_6854



コロナ禍により中止されていたが、5月に4年ぶりに行われる神田祭を祝して。

Img_6856_20230422203601




Img_6857



コレド室町といっても、いくつものビルがある。
昔、この辺りの大型ビルや日本橋室町ビルとかには取引先が無数にあった。
それらの取引先が入っていた数多くのビルは老朽化によって再開発された。

日本橋は三越前駅を中心に大きなエリアを誇っている。
大小さまざまな企業が集まっている。
そんなエリアなので、サラリーマン時代は足蹴く通ったもの。
日本橋といっても、かなり広範囲で水天宮のある日本橋蛎殻町、人形町、茅場町、
兜町、問屋街の横山町や東京駅八重洲口付近までと、あちらもこちらも日本橋を
名乗っているので、未だによく分からない…。

三越前駅…。
関東大震災から2年後の大正14年(1925年)9月、浅草~上野駅間で
東洋初の地下鉄「銀座線」の工事着工。
昭和2年(1927年)12月、浅草~上野間(2.2km)開業。
その後、新橋駅に向かって少しずつ延伸していく。
昭和7年(1932年)4月、三越前駅開業。
この時、資金難の「東京地下鉄道」に対して、駅の出入口と三越の店内を直結させる
ことを条件に駅の建設資金をほぼ全額負担して開業させた駅といわれている。

三越前駅#駅名と三越 wikipedia




コレド室町を。

Img_6852



TV-CMでお馴染み。
福徳神社。

Img_6865_20230422203701



高層ビルの谷間。
芽吹稲荷と。
結構、行列ができていた。

Img_6861



キツネ。

Img_6864



コレド室町に挟まれた通路。

Img_6866



飲食店はどこも行列…。
「八海山 千年こうじや」へ。

Img_6883



銀鮭の焼き魚を。
美味しかった。

Img_6874

八海山 千年こうじや(三越前)/食べログ

八海山 千年こうじや




コレド室町は美味しい店、美味しいお土産の宝庫。
「芋けんぴ」の店に長い行列。
よく見たら、土佐日高村の「芋屋金次郎」。
揚げたて芋けんぴ、芋ちっぷ、つぶけんぴなどを。
とにかく、無条件に美味しい♪

芋屋金次郎

芋屋金次郎(三越前)/食べログ




日本橋本町は江戸時代から薬問屋が数多く軒を連ね、現在でも「薬の街」として
武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共などの大手製薬会社の本社及び東京本社
が多数所在する。
そんな土地柄、医薬の神様「薬祖神社」があった。

Img_6877



この他、龍角散、浅田飴、アステラス製薬などが名を連ねていた。

Img_6879



コレド室町。

Img_6881



江戸バス。

Img_6882



イルキャンテの店がある路地に入った。
路地裏に長い行列…。

Img_6887



とんかつ屋の行列だった。
日本橋とんかつ 一(はじめ)。
何時間かかるのだろうか…。

Img_6888



あちこちに行列ができていた。
行列してでも食べたい店が多いことに驚いた。

かなり魅力的な路地が縦横にあった。

Img_6890_20230422204501



日本橋界隈は取引先が多くよく来ていたが、こんな魅力的な路地があることに
気がつかなかった…。
いい感じ。

Img_6891



老舗の鰹節屋さん。

Img_6893



日本橋の近くにあった日本橋魚市場発祥の地。
関東大震災で被災したため、築地に移った。
牛丼の吉野家はこちらで明治32年(1899年)に創業したのが始まり。
やはり、築地への移転に伴い築地市場で継続して営業した。

Img_6895



日本橋高島屋。

Img_6831_20230422203301




Img_6833



中央通りを少し歩いていくと八重洲を経て京橋に。
えっ、こんなに近かったけ…。

明治屋。
叔父はこちらに勤務していた。

Img_6900



明治屋からすぐ近く、ママが働いていた明治製菓(現、明治)。

Img_6905





Img_6908



そういえば。
八重洲ブックセンターが1978年(昭和53年)にオープンした時、日本最大の書店
ということで、よく立ち寄った。
あれから45年…、3月末に閉店し、今月中には解体がはじまる。
数年後には43階建てのビルになるらしい。


鍛冶橋交差点より。

Img_6911



ご先祖さま、土佐山内家の上屋敷があったところ。
東京都庁を経て東京国際フォーラムに。

Img_6912_20230422204701



三菱一号館美術館。

Img_6915



山内家の上屋敷や別邸付近は必ずといってよいほど、岩崎彌太郎の広大な土地が。
ここ丸の内一帯は「三菱村」と言われるほど。
そんな「三菱村」は上質な雰囲気が。

Img_6916



明治生命。
言わずと知れた三菱ファミリー。

Img_6921



日比谷通り、馬場先濠を。

Img_6920




皇居。
二重橋を。

Img_6929_20230422204801



インバウンドばかり…。
日本人は少数派…。
マスクをしているのは日本人、マスクをしていないのはインバウンド…。
その対比が面白かった。
欧米系が圧倒的に多く、東南アジア系、韓国人が目立つ。
まだ中国語があまり聞こえてこない…。

Img_6932



巽櫓。(たつみやぐら)

Img_6945_20230422204801



東京駅。

Img_6962



丸の内「三菱村」を♪

Img_6966



右端にちらっと東京ミッドタウン八重洲が見える。
東京駅の向こうにはクレーンが。
数年後には超高層ビルが出現する。

Img_6969



叔父は京橋の明治屋、その娘である従妹は第一銀行本店、僕の妹は第一勧業銀行
本店、ママは京橋の明治製菓(現、明治)と東京駅周辺に集中していた。
と言っても、時代はずれているが…。
10歳上の従妹は第一銀行勤務とは…、渋沢栄一の世界を、そして時代を感じる…。

ママは入社した当時は横須賀線保土ヶ谷駅からバス利用だったが、半年後に東戸塚
駅が開業したことで徒歩でも通えるようになった。
当時は111系、113系で通勤していたことが夢のようだ。


北ドーム部を。

Img_6974



南ドーム部の内部を見上げた。

Img_6976




Img_6977_20230422204901

丸の内駅舎の見どころ/TOKYO STATION CITY




中央線。

Img_6979



新宿駅。
青いロマンスカーMSE・60000形。

Img_6980



青いロマンスカーMSE・60000形は就役15周年。

Img_6982_20230422205001




Img_6984



コロナ禍が終わり、GWは飛行機も新幹線もすごいことになりそう…。
お出かけが楽しくなってきた♪
でも、第9波なんてことも…。





関連記事

シモキタ♪ 2023.02.04

目黒とか♪ 2022.10.29

ありがとうVSE…♪ 2022.03.05

あちこち♪ 2020.10.31

お墓参り&柴又♪ 2020.03.20

下北沢♪ 2020.01.12

迎賓館へ♪ 2019.11.30

渋谷♪ 2019.11.09

深大寺♪ 2019.10.02

高幡不動&万願寺♪ 2019.05.18

下北沢♪ 2019.05.03

池上本門寺♪ 2019.04.13

巣鴨~駒込♪ 2019.03.24

東京タワー♪ 2018.11.04

池上線♪ 2018.08.18

浅草♪ 2018.04.13

湯島天神 梅まつり♪ 2018.02.24

目黒線&池上線♪ 2017.10.09

築地市場♪ 2016.04.08

新宿御苑♪ 2016.04.02

豪徳寺&世田谷八幡宮へ初詣♪ 2016.01.03

ユトリロとヴァラドン-母と子の物語♪ 2015.06.20

東京丸の内♪ 2015.04.25

豪徳寺に初詣♪ 2015.01.03

オルセー美術館展♪ 2014.07.12

九品仏~自由が丘♪ 2013.11.23

お墓参り&アクアライン~海ほたる♪ 2013.03.16

東京駅エリア♪ 2012.06.19

目黒川の桜♪ 2012.04.07

お墓参り&パレットタウン♪ 2011.09.18

小田急ロマンスカー♪





| | コメント (0)

より以前の記事一覧